誕生日に欲しいモノ、それは―――




ワガママ




「…〜っ!」



テニスコートの近くで、いつものようにマネージャーとしての仕事をこなしていると、後ろから私を呼ぶ声がした。

振りかえると、少し離れたところから私のクラスメートであり、彼氏でもある菊丸英二がこちらに向かって走ってきていた。


「…何?英二」

私も英二の方へ駆け寄ってそう言った。


「…っはぁ、はぁ……ってさ、今日誕生日なんだって?」


肩で息をしながら言う英二。

珍しいなぁ…いつもあんなに元気のある英二がちょっと走ってきたぐらいで息を切らすなんて。

…あ、そういえばさっきランニングしたところなんだったっけ…そりゃあ疲れてるわよね。

そう頭の中で考えつつも、英二の言うことに答える。


「うん。そうだけど…誰に聞いたの?」

「…ランニング後の休憩中にさ、乾に聞いたんだ」

「…なるほど、乾くんね」


彼…青学のデータマンこと乾くんなら、誕生日とか基本的なデータならあの丸秘ノートに書いてるもんね…。

…でも、マネージャーの私なんかのデータも書いてるんだぁ…なんか、私もテニス部の一員って感じで嬉しいな。

…こんなことに感動を覚えるなんて、我ながら変だとも思うけど。



「ごめん、っ!オレ何も用意してなくて…」


本当に申し訳なさそうな顔をして言う英二。


「え、あ、いいよそんな、謝らなくても…。言わなかった私も私だし…」

「うんにゃ、彼女の誕生日ぐらい普通知ってなきゃ…ホントごめん〜っ!」


ふるふると首を横に振った後、顔の前で手を合わせ、ギュッと目を瞑る英二。


「だから、謝らなくていいってば〜…それに私…」




『こうして大事な部活の時間にわざわざ来てくれただけで十分だから。』




そう言おうとして…やめた。

ふいに、頭の中にちょっとした考えが浮かんでしまったのだ。

…それは英二に対してちょっと意地悪な考え。

でも、年に一度の誕生日だし…このくらいのワガママ、許してもらえるよね…?



「んじゃあ…プレゼントの代わりに、一つ私のワガママ聞いてくれる?」


私がそういうと、英二は一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑顔に戻り、


「うん、いいよん♪オレに出来ることならなんでも言って!」

「言えない」

「そっか、言えない…って、えええっ?!」


私の言ったことをそのまま繰り返して、一瞬後、驚きの声を上げる。

その様子を見て、私はこみ上げる笑いを抑えつつ、


「ごめんごめん、いきなり言ってもわかんないよね。
…あのね、実は私、今すっごく欲しいものがあるんだ」

「欲しいもの?」

「うん。
…それでね、英二には私のその願い事を叶えてほしいの」



私の『ワガママ』というのはコレの事。

"願い事を叶えてほしい"って言い方をしたのは結構ヒントになったと思うんだけど…。



「願い事を叶えるってコトは…何か物が欲しいってワケじゃないんだにゃ?」

「うん、正解♪」


…良かった。ちゃんと英二には伝わったみたい。

ヒントゼロなんて、あんまりだもんね。

そんなことを考えつつ、ふとテニスコートを見ると、テニス部のみんながコートの中に入っていくのが見えた。

そういえば、そろそろ休憩時間も終わる頃だったっけ…。


「…じゃ、休憩時間も終わったみたいだし、英二は部活に戻らないとね。
私もマネージャーの仕事が残ってるし。
…あ、そうそう、この願い事、期限は今日中だからね!」


言いながら、私もマネージャーの仕事をするために元の位置に戻っていく。


「にゃ、にゃに〜!今日中?!」

「…だって、明日になったらもう欲しくないかもしれないもーん♪」



英二の声を背中に聞きつつ、ヒラヒラと手を振って私はこう答えた。





その後、それぞれの活動に戻った私たち。

私はいつも通りマネージャーの仕事をしていたけれど、英二は調子があまり練習に集中できてないようだった。

原因は…たぶん、さっきの"ワガママ"。

…悪いこと、しちゃったな…。



英二の順番が終わった後、英二は手塚くんに何か言われていた。

きっと、今の練習のことだ。

手塚くんは、言葉は少し厳しいけど、ホントは優しい人だっていうのは私も英二も知ってる。

だから、別に手塚くんの言葉に英二がヘコむってことはないと思う。

・・・でも、その集中力不足の原因がその光景をみると・・・結構ヘコんだりするんだよね・・・。



「・・・、あのさぁ・・・」

「英二っ!あの・・・」


手塚くんとの話を終え、近づいてくる英二と目が会うと、私たちは同時に口を開いていた。


「んにゃ?にゃに?」


たいていこんな場合は私が先に話すことになる。


「あ、あのね・・・もういいよ、英二。
さっき私が言ったことはもう忘れ・・・」


言いながら下に向いてしまった顔を元に戻す。

そして、私の言葉は止まった。

彼が・・・英二が真剣だったからだ。


「いいって・・・まだ時間はあるし、絶対今日中に見つけるからにゃ♪」


英二は笑ってそう言った。

でも、瞳は真剣そのものだった。

・・・そういうときの英二は、絶対に考えを曲げない。

今までの経験上そのことを知っていた私は、それ以上何も言えなかった。





その後もテニス部の練習は続き、英二も私もそれぞれ自分のやるべきことをやっていた。

英二は先程と変わらず、いつもの調子が出ないようだった。

私の方も英二の調子が気になって、いつもなら10分で出来る仕事に20分もかかってしまった。

そして、結局お互いそんな調子のまま、今日の部活動は終わった。


「・・・っあ〜、疲れたー・・・」

「・・・なぁ、今日なんか帰り食って帰ろーぜ」

「おう。で、どこ行く?」

「そーだな〜・・・」


・・・エトセトラ エトセトラ。

部活が終わって疲れきった部員達がそんなことを話しつつ、部室へと歩いていく。

コートには、コート整備のために、1年生部員とマネージャーが残る。

・・・その中に青と白のレギュラージャージが見えるようになったのは今年から。

そんなことを考えながらコートを見ると、レギュラージャージが2人。


「・・・あ、あれ?なんで2人もレギュラーが・・・。
1人は越前くん、もう1人は・・・っ!」


こちらを向く、越前くんじゃない方のレギュラー。

――はねた髪に、見なれたばんそうこう――


「・・・英二・・・」

「・・・、ちょっとこっち来てくれる?」


越前くんに何かを言った後、私のところに来た英二はそう言うと、私の手を取り裏庭の方へ連れて行こうとした。


「ちょ、ちょっと待って英二、私コート整備しなきゃ・・・」

「あ、それならだいじょーぶ、越前に言っといたから〜」


・・・なるほど。さっき越前くんに言ってたのはそのことだったのね。


「え、で、でも・・・コート整備終わってからじゃダメなの?」

「うーん・・・みんなが出てきちゃうからだめ〜♪」


何故か楽しそうな口ぶりで言う英二。

私は他に反論する理由がなかったので、英二に連れられるまま歩いていった。





「はい、到着〜☆」


英二が止まったところは裏庭だった。

それも、校舎の影に隠れて中々外からは見えない場所。


「・・・こんなとこに連れてきて・・・何?」

が言ってた『今やって欲しいこと』、わかった気がするにゃ」

「え・・・?」

「だから、それを今からするんだよん」

「そ、そう・・・ここで?」

「うん・・・ダメかにゃ?」


うるるん目で私を見る英二。

・・・普通それって女の子がやることじゃ・・・まぁ、いいけどね。

実際、私、英二のこの目に弱いしね。


「・・・い、いいけど」


私がそう答えると、英二は笑顔に戻り、


「んじゃ、目瞑って」

「わかった」

言われた通りに目を瞑る。


「…の『今やって欲しいこと』って、コレであってるのかにゃ…?」


遠まわしに私に判定を求める英二に私は、

「さぁ…?それは今の私にはわからないわ」

と答えをはぐらかす。

それでも、口元に笑みが浮かぶのは抑えられそうにない。

今更ながらに思うけど、私、ポーカーフェイス苦手だったんだよね…。

英二もそれに気付いたのか、目の前の空気が変わった。

…目を瞑ったままだったから、彼の表情を見ることは出来なかったけれど。



そしてその一瞬後。

私の唇には暖かいものが触れていた。




「…でさ〜、『明日にはもう欲しくないかも』って言ってたけど、"これ"もういらにゃいの?」

「う…いらなく…ないデス///」





誕生日に欲しいモノ、それは―――


――好きな人からの甘いキス。





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