みるくあめ
ある日の青春学園3年6組。
陽の光が差し込む窓際の席で、一組の男女が話していた。
「しゅーすけっ♪」
「…?今日は早いね。
さっきの時間ってあの先生の授業じゃなかったっけ…?」
隣のクラスの恋人にあたしが後ろから抱きつくと、彼は顔を上に向け、そう言った。
あたしの恋人――不二周助。
学力テストはいつも1位2位を争い、校内男子人気ベスト3には確実に入る、あたしの自慢の恋人。
あたしはそんな彼の元に、昼休みには必ず来ている。
ちなみに、『あの先生』っていうのは…いつも授業が長引く、うちの古典の先生のこと。
「今日は授業が自習だったんだ〜♪
だから、チャイム鳴ってからすぐ来たのv」
満面の笑みを浮かべて、彼に言う。
それと同じに、あたしはあることに気づいた。
「周助…何食べてるの?」
周助の向かいの席に腰掛けながら問う。
「…みるくあめだよ。も食べる?」
「うん、欲しいっ!
あたし、みるくあめ大好きなんだ〜♪」
周助の答えに、目を輝かせて言うあたし。
みるくあめ、おいしいんだよね〜vv
あの口の中に広まる甘みがなんともいえない絶妙の甘さ加減で…って、それはいいとして。
あたしは周助が新しい飴を袋から出してくれるだろうと思って待っていた。
…しかし。
「…じゃあ…コレ食べて」
「…え?」
周助は舌の上に自分が今までなめていた飴を乗せてそう言った。
…って、今なんとおっしゃりました?
「これが最後の飴なんだ。だから…はい」
…いや、あの…そんな満面の笑みを浮かべて言われても非常に困るのですが。
固まるあたしを眺めながら、周助はこう続けた。
「…早くしないと溶けるよ?」
「さ、最後のだったなら別にいいよっっ」
「…遠慮しなくても良いのに…」
「いや、遠慮とかそう言うものじゃなくて…」
「そっか…じゃあ仕方ないね…」
…良かった、諦めたみたい。
と、あたしが思ったその時。
ぐいっ
「へ…?」
…口の中に入ってきた甘い味。
目の前には周助の澄んだ瞳。
周助の瞳こんなに近くで見たの始めてかも…目を開くのも珍しいしね。
…って、ちょっと待てっっ!
「…んーっっ!!!」
今いる状況を理解して声を上げるあたし。
しかしそれは、結果的に教室にいるみんなの注目を集めることになる。
「…ぷはっ……」
「…どう、おいしい?」
ようやく口を解放されて息を吐く。
…周囲のざわめきは、あきらかにあたしたちに向けられてのもの。
しかし周助は、それを気にも止めていないようにそう言った。
「……しゅ…すけの…」
「…?」
「…周助のバカぁっ!///」
真っ赤な顔をして怒るあたし。
でも、顔の赤い原因は怒ってるだけじゃないってコト、きっと…ううん絶対、周助にはバレてる。
それが何だか…悔しくて。
あたしはそそくさと6組の教室から出ていった。
そして、放課後。
早めに部活の終わったあたしは、いつもの場所で周助を待っていた。
昼のことを全部許したわけじゃないけど…だからといって、放って帰るほど怒っているワケでもなかったから。
「…でも、どんな顔して会えばいいんだか…」
「僕は、のどんな顔も好きだよ」
びくうっ!
…独り言のハズのその言葉に返ってきた返事は、間違いなく周助のもの。
おそるおそるあたしが後ろを振り返ると、思ったとおり彼はそこにいた。
「しゅ、周助…来てたんなら言ってよ…」
「…ちょうど今来たところなんだ……待たせてゴメンね」
変わらぬ――いや、いつもより少し深い笑みを浮かべつつ、周助は言った。
これは…あたしがここで悩んでるの、ずっと見てたな…。
にしても、全然気配感じなかったわ…おそるべし、天才不二周助。
…まぁ、とりあえず。これで会う表情も気にせずに済んだし…
「…帰ろっか」
あたしはそう言って…やっと、彼の後ろにいるギャラリーに気がついた。
「…この人が、不二先輩の彼女っスか」
「やっぱ可愛いなぁ〜可愛いよ」
「やっほ〜ちゃん★」
この小さい帽子のコは…たぶん、1年レギュラーの越前くんね。
隣のコは…桃城くん、かな。
そしてその隣は…周助のクラスの菊丸くんだ。
「クス…みんな、の前を通りすぎたら部活終わったことバレちゃうからって、一緒に待っててくれたんだ」
苦笑して言う周助。
確かに、校門前に立ってるあたしに見えないように帰ることは無理だし、テニスバッグを見たらさすがのあたしでも部活の終わったことぐらいわかるけど…。
「でも、そんな心配…いらなかったみたいっスね」
生意気そうな笑みを浮かべて言う越前くん。
そうか、これが周助の言ってた越前くんの笑みか…ってそれは置いといて。
「じゃあ、みんなずっとあたしの後ろに居たってワケ…?」
あたしの問いにこくんと頷く4人。
うわ…恥ずかし過ぎ。
でも、他の3人も気配感じなかったし…。
おそるべし、青学テニス部!…というべきなのやら、あたしが鈍すぎなのやら…。
「…んじゃ、邪魔者はこれで退散するにゃ。…あ、桃、越前、一緒に帰ろっ!
不二、ちゃん、バイバイ〜☆」
「いいっスよ〜。…じゃ、先輩方、ごゆっくり」
「…っス」
考え事をしているうちに帰ろうとする3人。
「うん、また明日ね」
「…あ、うん、バイバイっ!」
周助は落ちついた笑みを浮かべて。
あたしは慌てて彼らにそう言った。
ようやく2人きりになったあたしと周助は、並んで夕焼け色に染まった道を歩いていた。
いつもなら、あたしはうるさいくらいに喋っているのだが。
今日はなんとなく…話す話題が見つからなくて。
結局、黙ったまま周助の隣を歩いていた。
「…ねぇ、」
「ふぇっ?!…な、何?」
我ながら上ずった声を出してしまったものだと思うが…出てしまったものは仕方がない。
あたしは今更無駄だと知りつつも、あえて普通を装って周助の方を向いた。
「お昼は…ゴメンね?」
怒らせるつもりじゃなかったんだよ、と苦笑しながら言う周助。
そう素直に謝られると何でも許したくなるのは…彼だからなのだろうか。
「…あたしこそ、怒鳴っちゃってゴメン」
「ううん、それはいいんだ…元々僕が原因だしね。
それでね、お詫びに…」
あたしが謝ると、周助はそう言いながら鞄の中をごそごそしだして…何かを取り出した。
…って!!
「そ、それ!」
「…うん、みるくあめだよ」
思わずその場で立ち止まる。
それにあわせて周助も足をとめる。
周助が鞄から取り出したのは、まぎれもなくみるくあめだった。
小さな1粒入りの袋には、同じく小さな文字で『みるくあめ』と書かれている。
「で、でもアレが最後だったんじゃ…」
…そう。確かに昼休みのとき彼は言った。
『これが最後の飴なんだ』って。
絶対あたしの記憶違いなんかではない。
だって…
目の前の周助は、明らかに楽しそうな笑みを浮かべていたから。
「…ふぅん…そういうこと」
「…何が?」
何も知らないような顔をして言う周助。
でも、その顔に騙されるほど…あたしはバカじゃないよ?
…なんて、今まで騙されつづけてきたからこそわかるんだけどね。
「ううん、別に?…じゃ、遠慮なくいただきます」
そう言って、周助からそれを受け取る。
そしてあたしは小さな袋を破り、口に含んだ。
「…周助」
「何?」
心臓がいつもより早く動いているのがわかる。
でも…次の言葉を言わなきゃ。
やられてばかりなんて、あたしの性にあわないもの。
あたしは意を決して、次の言葉を口にした。
「お昼に半分もらったから…半分、あげる」
ハイ、とでも言うように、あたしは舌の上のあめを周助に見せる。
顔が…熱い。
きっと今、昼のとき以上に赤い顔をしてるんだろうな…あたし。
周助はといえば、少し驚いたようで目を見開いていた。
が、すぐに元の表情に戻ると、いつも以上に優しげな声でこう言った。
「…敵わないな、には」
そして、どちらからともなく微笑みあうと。
あたしたちは、本日2度目の口移しのキスをした。
口の中に広がる甘い味。
その原因は、飴?それとも―――
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