一度散った花びらは

もう、二度と舞うことがなくて




舞桜




重要なことに限って、起こるのはいつも突然で。
1週間先のことどころか。
1分先のことだって、わからないものなんだ。


あの日も何も変わったことなんてなかった。
帰り道、いつも通りの会話を交わして。
僕といつもの所で別れて。
君も、いつもの道を歩いていて。
信号を渡ったんだ。

ただ、それだけだったんだ。
――なのに。


『赤信号を無視した車との交通事故』


よくニュースで耳にするものだ。
珍しいものではなかったし、僕も・・・きっと君も。
対して大きく取り上げて話したことなんてなかった。
その罰が・・・下ったのだろうか。

自分の、周囲の身に起きなきゃ気づかない思い。
痛み。苦しさ。悲しさ。切なさ。


「・・・・・できることなら・・・気づきたくなかったなぁ・・・・・なんて」


今更思っても・・・もう、意味がないこと。
だってもう、君はここにいないのだから。





僕は木の下に立っていた。
通学路にある桜並木のうちの1本。
――君と一緒に見上げた、木。
何故か君はいくつかある桜の木のうち、この木が特にお気に入りだったね。


"ねぇ、・・・どうしていつもこの木を見ているの?"

"ん?・・・うーん、何でだろうね。直感・・ってヤツ、かな?"


その時はそういうものなのかと気にかけていなかったけど。
今なら・・・君の言いたかったこと、わかる気がするよ。


"・・・ね、周助、知ってる?"

"ん・・・何を?"

"桜の木の下にはね〜・・・なんと死体が埋まってるんだって!"

"へぇ・・・じゃあこの木の下にも死体が埋まってるの?"

"・・・・・うーん、この木の下はまだ開いてるかな〜。先約があるから"

"・・せんや、く・・・?"

"・・・こぉんな綺麗な木だもん、相応の美人が埋まらなきゃねー?"


笑ってその場を流した君。
だから追求することは出来なかったけど。


「先約って・・・、君自身のことだったんだよね?」


木を見上げて、そう呟く。
まるでそこに彼女がいるかのように。
そして、静かに・・・彼女に触れるときのように優しく、その木に触れた。
・・・すると。


ざぁぁぁぁっ―――


一陣の風が吹き、桜の花びらが空に舞った。
それは彼女の好いたこの木も同じことで。
先ほどまで確かに枝と一緒に居た花びらたちが、ふわふわと風に舞い、
やがて地についた。
その花びらは再び風にゆられても、空を舞うことはなく。
足元の花びらの数は増えるばかりだった。


"ああーっ!・・・はぁ〜あ、散っちゃった"

"残念だけど・・・また来年も咲くし、ね"

"んー・・・でも、私今年の子たちが好きだったの"

"・・・今年の子?"

"んもー周助はわかってないなぁ〜。今年の子は今年の花びらたち。
 来年も確かに花は咲くけど、今年の花たちじゃないでしょ?
 同じように見えるけど、この花びらたちは・・・今一瞬だけの存在なんだよ"


始め、とても残念そうな顔をしていた君は。
そう言い終わる頃には、とても優しく・・・儚く微笑んでいた。
頬はその花と同じように薄いピンクがかっていて、すごく綺麗だった。
・・・そんな姿も、もう今は思い出の中にしかないのだけれど。



でも・・・まだ、この木がいる。



彼女の好いた木。彼女が予約した、木。
身体はここにいなくとも、きっと魂(ココロ)はここにいるから。


「・・・この木は、君の墓標だね」


にっこりと、微笑みを浮かべて。
僕は持っていた花束を木の下に捧げた。
・・・笑顔の下にある泣き顔にも、きっと君は気づいているだろうね。


「今度は本当の笑顔で来るから・・・」


――花が、揺れた。風もないのに。
小さな花の振動は一枚の花びらを空に舞わせた。
そして、その花びらは僕の肩に舞い降りた。


「・・・ありがとう、


花びらを優しく手に包み込んで、僕は桜色の墓標を後にした。





散った花びらはもう戻ってこない

その瞬間に舞ったのは、唯一の存在(モノ)だから





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