私の好きな人は――王子様、なんです。




私の好きな王子様




私の名前は
青春学園中等部の2年生で、男子テニス部のマネージャーをやってます。
といっても、テニスのルールとかは全然知らないんだよね…。
たぶん、試合の時に応援に来てる子たちの方がよっぽど詳しい。
まぁ、なんでそんな私がテニス部のマネージャーなんかをやっているのかというと。
それが…その、王子のため、だったりします。

"王子"というのは、うちの学園の1年生…つまり、私にとって後輩さんで、1年生でありながら、テニス部のレギュラーになっているスゴイ子。
名前は…越前、リョーマ。





「本日の練習は、これにて終了!」
男子テニス部の部長、手塚先輩の声がコート内に響く。
空はすっかり夕焼け色に染まり、校門のほうを見ると部活を終えて帰る生徒たちがちらほらと見える。
「…っと、ぼーっとしてる場合じゃなかった、片付け手伝わなきゃ!」
そう言って、私は部員が整備を始めている、練習後のコートへと走った。


「…ふう。これで全部だよね」
呟きながら用具倉庫のドアを閉める。
コート整備もしたし、ボールも集めたし…うん、これで終わりのハズ。
念のためボールが転がっていないか再度コート内を見る。
誰もいないテニスコートは、先程までの騒がしさが嘘のように静かだ。
…ちなみに、今私は一人で用具倉庫の前にいる。
そしてレギュラー陣を始め、部員のみんなは先に部室で着替えている。
他にマネージャーがいなくて、部員と同じ部室を更衣場所にすることになってからはこの時間が当たり前になった。
最初の頃は片付けの仕方がわからなくて、何人かの部員の人にも手伝ってもらっていたけど、最近は全て一人で出来るようになった。
覚えるのがかなり遅い私にしては結構な進歩だと思う。
…まぁ、早く覚えようと思ったのも、他でもない王子のためなんだけど。



私が王子のことを知ったのは今年の5月。
「スゴイ1年生がいるから」と、友達に半強制的に連れて行かれたテニスコートで、私は初めて彼のテニス姿を見た。
噂だけなら聞いたことはあったけど、特にテニスには興味がなかったから今まで見に行ったことがなかったのだ。
ちょうどその時、試合形式の練習をしていたようで、彼は桃城くんと試合をしていた。

『…あれ、うちのクラスの桃城くんだよね?』
『うん、そうだよ。でねでねっ、その桃城くんと今戦ってるのが噂の一年生レギュラーなの!』

興奮気味に言う友達の隣で、私は視線を桃城くんから彼に向けた。
白と青をベースにし、首周りに赤のラインの入ったユニフォーム。
テニス部に興味がなかった私でも知っている、青学テニス部のユニフォームを身に纏ったその少年は私が想像していたのよりはるかに小柄な少年だった。
しかし、少年が打ち出す球はその小柄さを感じさせないほど力強く鋭いものだった。
対する桃城くんも負けてはおらず、その様子はテニスの世界を全く知らない私にもスゴイものなのだとわかった。
だが、それ以上に私の目を引いたのは…少年の目だった。
頭に被った白い帽子の下に見え隠れする、強い光を宿した瞳。
いつのまにか、私は試合展開よりもその瞳から目が離せなくなっていた。
そして、無意識の内に友達にこう尋ねていた。

『あの子…名前は?』
『名前?越前リョーマくんだけど…。それより、知ってる?
 リョーマくんって今までアメリカにいたらしくて、向こうの大会でも優勝してたらしいのっっ!
 "テニスの王子様"って言われてたんだって!』

(…越前リョーマ・…テニスの、王子様…か・…)

少年…リョーマくんの瞳を見つめながら、私は心の中でその言葉を繰り返していた。



「…それから何度か試合を見に行ったりして、いつのまにか『王子』って呼ぶようになってたんだよね…リョーマくんのいない時限定だけど」

テニスコートを見つめたまま、声に出して呟く。
そう。それからどんどんリョーマくんのことが…王子のことが知りたくなって、試合を応援しに行ったりして。
そして、気がついたらテニス部のマネージャーにまでなっていた。

「…これってやっぱり一目ぼれ、なのかなぁ…」



先輩」



「は、はいぃぃっ?!」
背後から聞こえたその声に、そう言いながら振りかえる。
「…って、お、王子!!何でこんなとこに…っはぐ」
私は心の中でしまった、と呟いた。
とっさのことだったというのと、今まで王子のことを考えていたせいで、普通に『王子』と呼んでしまったのだ。
「…何でって、今日はオレが着替えるの最後だったんで、みんな着替え終わったの言いに来たんスけど…」
私は必死に、彼がその言葉に気づかないことだけを祈ったのだが、その願いは天に届けられることはなく。

「…『王子』って誰のことっスか?」

この状況でとぼけているのかいないのか、王子様はそうおっしゃいました。


「え、えぇっと〜…誰でしょうかね〜?」
…我ながら、なんとまぬけな返答かと思う。
他にもうちょっとマシな返事は出来なかったのか、と。
で、でも、気づくとしたらそれは王子=リョーマくんってコトまでわかってると思ったんだもんっ。
『王子って誰』って返事が返ってくるとは思わなかったのよ〜!!

…どきどきばくばく。

そんな焦りと緊張を押さえ、私は王子の次の言葉を、裁判の受刑者のような気持ちで待っていた。
「…ふーん…ま、いいけど」
…はふぅぅぅ。
一気に体の力が抜ける。
良かった…なんとかバレずに済んだみたい。
それと同時に、少し寂しい気持ちになるのは何故だろう…。
…いやいや、バレなかったんだから喜ばなきゃ。
頭を振ってその考えをどこかへ押しやる私。

…そんなことをしていると、再び王子が口を開いた。
「…で、王子のこと好きですか、先輩?」

……。
は、はいぃぃっ?!
いきなりそうきますか、王子様!?
…っていうか、この話は終わったのではなかったのですか?
私の心臓が再び早鐘を打つ。
王子を見ると、彼はいつもの不敵な笑みを浮かべて私の言葉を待っているようだった。

「…お、王子って童話の王子様のこと?」
ようやく口から出た私のその言葉に、彼は不敵な笑みを浮かべたまま答えてくれなかった。
だから…私はこう答えてやった。

「……き、嫌いよ…」

その言葉に、少しだけ反応する王子。
ずっと顔に浮かべていた笑みが一瞬消えかけたのを、私は見逃さなかった。
そして、その反応に満足した私は続けてこう言った。

「…嫌いよ、童話に出てくる王子様は。
 私が好きなのは…越前リョーマっていう名前の王子だけ」

言った後、あまりの恥ずかしさに、私はすぐに下を向いた。
…絶対、今私の顔赤いよね。
『顔から火が出そう』って、きっと今の私の状態を言うんだろうな…。
はぁ…バレなくて良かったってさっき思ったくせに、何で自分から言っちゃったんだろう…。
…でも、これで良かったのかもしれない。
今日を逃したら一生この気持ちを伝える機会なんてなかったかもしれないから。
それが…さっき感じた寂しい気持ちの原因だったのかもしれない。
…でもでもっ、ここでフラれちゃったら私これからマネージャー続けてく自信ないよ〜!!

…そんな私の心配は、必要のないものだった。
何故なら彼が次に発した言葉はその可能性を否定してくれるものだったから。

「…ふぅん…それ、告白だと思っていいんスよね」

「へ…?」
まぬけな声と共に顔を上げると、そこには私が今までに見たなかで一番優しい笑顔の王子がいた。
「…そ、それって…」
「オレの…オレだけの姫になってくれますか」
童話の王子様顔負けのセリフと共に、手を差し伸べながら言う王子。
そして、私を見つめるのは、あの日と変わらない光を宿した瞳――
「…っ…はい、よろこんでっ…」
そう言って、私は彼の手をとった。
握り返してくれたその手は、とても暖かかった。



その後。
私も制服に着替え、夕日のさしこむ学校からの帰り道。
さすがに人に見られそうな道で手を繋ぐことはためらわれ、私たちは並んで歩いていた。
ちなみに会話はない。
…まぁ、王子があまり喋らない人だっていうのはすでに知ってたし、私自身、さっきの今でぺらぺら話せるタイプの人間じゃなかったからむしろ彼のその性格はありがたかった。
それでも、さっきから一つだけどうしても彼に訊きたいことがあったから、私は意を決して言ってみた。

「…あのさ…一つだけ訊きたいんだけど…」
「何?」
「…私のどこを…その…好きになってくれたの?」
私がそう言うと、彼はああそのことか、という感じで
「目」
と答えた。
「…目…?」
「そ。先輩と初めて話した時、先輩オレのこと真っ直ぐ見て話したでしょ。
 そのとき思ったんスよ…綺麗な目だなって」
そういう彼の横顔が赤かったのは、たぶん夕日のせいだけではないだろう。
…それにしても。
「…目、か……ぷっ…あはははは…」
私はこみ上げる笑いを抑えきれず、その場に立ち止まり、声を上げて笑ってしまった。
その私の反応に、彼はむっとした顔をして、
「何笑ってんスか…」
「…あはは…ごめんごめん、別に王子のことを笑ったわけじゃないの。
 私も・…私も、一緒だったから」
「一緒?」
「うん、私も…王子の瞳に一目ぼれしたから。
 …似たもの同士かもね、私たち」
「…そーっスね」
言いながら小さく微笑む彼を見て、私はさらに笑みを深めた。


  鋭く優しいその瞳は

  色々なものを映すだろうけど

  そこに映るお姫サマは

  私だけでありますように





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