「只今から、1年2組による演劇『シンデレラ』を上演致します――」


・・・はぁぁ。なんで、こうなっちゃったんだろ。




Only You




本日、我が青春学園中等部は年に1度の学園祭。
各クラスが一致団結して、色々な出店や壁画などをつくっていた。
何をするかを決めたのは1ヶ月ほど前、
大体のクラスが準備に取りかかったのは1週間前だったけれど、
どのクラスも中々の出来映えだった。
あたしの所属する1年2組も、ちょうど1ヶ月前に出し物を決めるHRがあったのだけど・・・








「じゃあ、クラスの出し物を決めようと思います。意見がある人は手を上げ・・・」
「・・・ぁ、ちょっとごめん、いいかな?」

委員長の声を遮って、担任の先生が思い出したように言う。

「実は、昨日出し物のジャンルを決める抽選会があってね・・・先生、『演劇』を引き当てちゃったの。
 だからこのクラスの出し物は『演劇』でお願いね♪」

当然のコトながら、クラスのあちこちから不満の声が出た。
何故抽選なんかをするのかという問いには、後から決めなおすにも時間がないから先に決めることになった・・・などと
説明していた。
前に立っている委員長も困惑気味でどうするか迷っていると。
黙って隣に立っていた副委員長が、はぁ、とため息をついて口を開いた。

「仕方がないじゃない、決まっちゃったものは変えられないわ。
 それより、その演目だけど・・・担任は英語の先生だし、シンデレラの英語劇ってのはどう?」

ちょうど台本にも使えそうな英語の童話集を買ったのよ、と付け加えながら言う副委員長。
てきぱきしていて皆からの人気も高い彼女の言葉は、徐々に皆を静かにさせた。

「まぁ、確かに・・・」
「決まっちゃったものは、ねぇ・・・」
「色々言っても仕方ないか」

そんな皆の様子に小さく微笑みを浮かべると、副委員長は。

「皆OKみたいね。じゃあ配役を決めましょう。
 劇をやるなら練習の時間がいるから何でも早く決めてしまわないと・・・」
「・・・ぁ、副いいんちょー。配役で1つ提案があるんですけど〜」

委員長の影はどこへやら、場を仕切っている副委員長に、クラスの女子からの声がかかる。

「何?」
「劇って言っても英語の劇をするんでしょう?
 だったら、越前クンを王子様に推薦しまーす」

・・・って。え、ええええっ?!
今まで傍観者を決めこんで、ナレーションに徹していたあたしの頭が覚醒する。

「そっかー越前って確か帰国子女だったよな〜」
「英語の授業、発音すげぇ良かったしなぁ」
「その上、見た目も『王子様』をやるのに文句ナシだし・・・わたし賛成だわ♪」
「うん、私もその意見に賛成ー」

本人の意見をすっ飛ばして、クラスの意見は固まっていく。
あたしはその様子を横目に、"隣の席の彼氏"くんに向かって呟いた。

「なんか話進んでますけど・・・どうすんのよ、"越前くん"」
「・・・ま、いいんじゃない」
「な・・・いいんじゃない、ってそんな簡単に・・・!」

ボソッと答えた彼の言葉に、思わず普段の声で言ってしまったあたし。
言った直後、慌てて口を塞ぐが、もちろん時既に遅し。

「・・・本人の許可は貰えたみたいね」

少し苦笑しながら、副委員長さんはそう仰いました。





その後、他の配役を決めようということになった。

「じゃあまずは主役のシンデレラからだけど・・・さん、やる?」

声をかけられてドキリとする。
周りの友達からもちゃんやりなよ〜とかなんとかお声がかかる。
理由はまぁ・・・越前くんとあたしがそーゆー関係だってことはクラス中が知ってるからである。
(リョーマ夢小説「LOVE & NEED」参照。)
隣の越前少年も、それが当然のように静かにあたしの方を目だけで見ていた。
・・・だけど、あたしは。

「・・・ぁ、あたしはいいよっ、遠慮しとくっっ!
ほら、あたし英語とか苦手だし・・・。
そういえば副委員長って演劇部でしょ??副委員長こそやりなよー」

首を横に振りながら、早口でまくしたてる。
なんだか理由をつくったように皆には聞こえたかもしれないけど、言ったことは全部本音だった。
英語は言うほど苦手ではないけど、英語劇のそれも主人公なんてセリフ覚えられるわけないし、
何より人前で演じるなんてありえないんだもん。
こういうのはやっぱ得意な人がやるべきだよ、うんうん。

そんなことを自分の世界で考えながら、ふと横を向くと。
ぶっすーとした表情を顔全面に広げたリョーマと目が合った。
こんな正直な顔の彼を見るのも久しぶりだ・・・じゃなくて。
うわー・・・思いっきり拗ねてるよ。
越前くんって普段めちゃくちゃクールボーイなくせに、変な所で拗ねるんだよね。
・・・にしてもその視線はちょっと痛い。
さりげなく目線をそらそうとした瞬間、急に手首を掴まれた。

「・・・っ?」
「副委員長。コイツ、意地悪な姉2がいいってさ」
「なっ・・・!」

反論しようとしたあたしを、冷ややかな目が見つめる。
・・・ううっ・・そんな目に歯向かえる訳ないじゃない・・・。

仕方なくあたしは、意地悪な姉2に立候補し。
そして他に希望者もいなかったのでめでたく (ないけどっ!) 決定した。
ちなみに言うのが遅れたけど、シンデレラはあたしの推薦(?)した通り、副委員長がやることになった。








・・・そんなわけで。
今あたしは開演直前の舞台袖にいる。
セリフの少なかったおかげもあり、あたしは今やセリフを完璧にマスターしていた。
けど、人前でやるとなると緊張もあるし、どうなるかわからない。
気を引き締めていかなきゃ・・・。

「今まで練習したことを出しきって、頑張ろうね!」

シンデレラ役の副委員長が皆に声をかける。
裏方係の黒い服を着た子たちが忙しそうに走りまわる。

・・・本当なら、あたしもそうしている予定だったのに。



「・・・はぁぁ。なんで、こうなっちゃったんだろ。」

ため息と同時に、開演を告げるブザーが鳴った。


「只今から、1年2組による英語劇『シンデレラ』を上演致します――」





猛練習した甲斐もあってか、皆ぎこちないながらも英語のセリフをこなしていった。
あたしも恥ずかしさを我慢しながら、意地悪な姉(2)役に徹する。
・・・何事においても、練習した時の感覚が嘘のように本番は早く過ぎるもので。
話は早くも、舞踏会のシーンになった。

王子様がいらっしゃったわ!

コツ、コツ・・・と、規則正しい足音が聞こえる。
そして、客席から見て右側の舞台袖――下手(しもて)から、彼は・・・



ど、くんっ・・・!



心臓が、本当に跳ねた気がした。


女から見ても羨ましいような綺麗な髪。
運動部員なのにそんなに焼けていない肌。
綺麗に筋肉のついた、それでもまだ細い腕と足。
端正な顔立ちと全てを射るような強い光を宿した、瞳。

王子様の服を着ているから?
それともあたしも魔法使いの魔法にかかっちゃったの?

普段当たり前に接しているハズの彼が、やけに綺麗で眩しい。
でも、越前リョーマであることには違いなくて。

・・・ただ、素直に。見惚れてしまった。


ずっと上手(かみて)にいたために、朝から彼に会っていなかったあたし。
だから、ちゃんと衣装を着た彼を見たのは実はこれが初めてだったのだ。


(・・ど、うしよ・・・なんか、あたし・・・・・)


言葉にし難い気持ちを抱えながらも、舞台の進行を見守る。
大したセリフがなくて助かった。と、思っていたら。


Will you dance with me? (私と踊って頂けませんか?)」


台本通りのセリフを口にして。
優しく手を・・・あたしに向かって差し出していた。

「・・・・・・え・・?」

ぱちり、と。
瞬きをすると同時に現実が見えてきた。

ここは舞台上で、シンデレラの上演中で。
あたしは意地悪な姉役で、彼は王子様役で。
その彼が・・・あたしにダンスを申し込んでい、る――?!

「ちょ、えちぜ・・・!!」

言おうとした唇を、唇で塞がれる。
あぁ、また皆の前でキスをしてしまった。
混乱する頭の隅っこで、そんなことを考えてみたりする。

私と共に参りましょう、姫

こんなときにまで聴き惚れるほど流暢な英語で。
彼は言うと、放心状態のあたしをつれて下手(しもて)へと歩いていった。





その後のコトは、よくわからない。
ただ、機転の利く副委員長サマがなんとかしてくれたというのは、後から友達に聞いた。





「・・・越前くん、ちょっと来て」

文化祭終了後の後片付けの時間。気分をなんとか落ちつけて。
あたしは舞台の片付けをしている彼の元に近寄って、言った。
無言で彼はあたしの後をついてくる。


そうして辿りついたのは、体育館の裏。
ここなら誰にも気兼ねすることなく話せる。

「どういうつもり・・・?」
「・・何が」
「何が、って・・・劇のコトに決まってるでしょ?!」

思わず声を荒げる。

「折角皆でここまでつくりあげてきたのにっ・・・どうして・・・」
「・・・クラスの皆には悪いと思ってる。さっき頭下げた」

涙が出そうで俯きかけた頭を上げる。
越前くんが・・・頭下げて謝っ、た・・・?

「・・・あ、謝るくらいなら、はじめからしなければ良いじゃないっ」

あたしの言葉に、少し複雑な顔をする彼。

「そのつもりだったんだけど、ね・・・アンタがシンデレラ役やらないから」

彼の言葉に、今度はあたしが首をかしげる。
そんなあたしを見てか、彼は口元にいつもの笑みを浮かべながら、そっとあたしの耳に囁いた。

「・・・だって、オレのシンデレラはしかいないから」



・・・反則だと、思う。
そんなこと言われたら怒るに怒れないじゃない・・・。

そんなあたしを見て、彼はさらに笑みを深める。

「オレ、がシンデレラやってくれるって思ったから嫌な王子役も引きうけてみたんだけど」
、前に英語は苦手だけど好きって言ってなかったっけ・・・?」

うぅぅ。
一言一言痛い言葉を言ってくる。

「ご、ごめんってば・・・」
「・・・ホントに思ってる?」
「思ってる!本気でごめんって思ってるよ・・・」

ふぅん、だったら・・・と、呟くと彼は。


「・・・っ、ひゃぁっ!」


軽々とあたしを持ち上げ、俗に言う『お姫様だっこ』をした。
そして至近距離からの、言葉。


「これからちゃんとやろうか、"シンデレラ"」


普段は見せることのない、優しい笑顔。
あたしの心に、舞台の上での不思議な気持ちが再び沸き起こってくる。
頬が何だか熱くて。
心がとてもあたたかくて。


「・・・うん」


あたしはこくんと頷いた。








――次の日。
あたしたちの関係は、昨日の事件のせいで全学年に広まっていた。
廊下を歩くと、ほぼ全員の視線があたしたちに集中する。

「・・・当然のこととはいえ、恥ずかしいなぁ・・・越前くんは大丈夫なの?」
「別に。逆に他の奴が変な気起こすこともないだろうから安心」

・・・まさか、それを狙ってやったんじゃないよね・・・?
尋ねてみようかとも思ったが。

「ま、いっか」
「・・・何が」
「んーん、何でもなぁいっ」



もう少し、このまま振り回されてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、あたしは彼の手を取った。





BACK