いつか、どこかで。




いつかどこかで会いましょう

姿形は変わっていても

きっとまためぐりあえるから

だから少しの間さよならしよう

またあなたに会うために



ゼフィール・シティにある小高い丘の上に、小さな家がある。
その家で、一番日当たりのいい部屋に、『彼女』はいた。
彼女は白いベッドの上に横たわり、すぐ近くの大きな窓から外を見ていた。
窓からは、暖かい春の空気が流れ込んでいた。
白いカーテンが、ふわふわと揺れている。
彼女は、その大きな窓のおかげで、ベッドに横たわったまま、"外"を感じることが出来た。


「・・・そこにいるんでしょ、入ってきなさいよ」
彼女は外を見たままそう言った。
すると、その言葉を待っていたかのように、すうっとドアが開き、一人の男が入ってきた。

  ――キィ・・・・・・パタン――

ドアがしまる音がすると、彼女は彼の方を振りかえった。
彼は、そのまま彼女のベッドのところまで歩いてきた。
それと同時に、彼女は起きあがろうとした。
彼はさっと近寄り、彼女の体を支えた。
「・・・ありがと。」
うつむいたまま小さな声で、彼女は言った。
そして、再び外を眺めだした。



彼女は、何も言わなかった。
彼も、何も言わなかった。
ただただ、時が過ぎていった。



・・・それから、どれほどの時間が経っただろうか。
彼女は再び口を開いた。
「あんたも知ってるんでしょう?あたしの命が残り少ないってこと」
彼の肩が、ぴくりと動いた。
「・・・あと何日、こうしてあんたの顔を見れるのかな・・・」
そういって、彼女は再び彼の方を振りかえった。
彼女の表情は、逆光で彼の方からは見えなかった。
「・・・でもね、あたし、死ぬのはそんなに怖くないのよ?」
彼女が少し、首を横に傾ける。
「だって・・・・・・っ、ごほっ!」
咳き込んだ彼女の背中を、慌てて彼がさすりだす。
彼女は、やはり苦しいのか、服の前をぎゅっと握り締めている。
「ごほっげほっ・・・・・だって・・・」
彼女は咳き込んでいるにもかかわらず、言葉を続ける。
「・・・いつか・・・ごほ・・・また、あ・・・んたと・・・会え・・・ごほっ・・・る気がす・・・るもの・・・」
彼は、何も言わずに彼女の背中をさすり続ける。
彼女は、そんな彼に対してそっと小さく微笑んだ。
「・・・姿形は変わっ・・・ても・・・あんたのこ・・・とを見間違え・・・たりしないわ・・・」
少し落ち着いたのか、言葉もだんだんつながってくる。
服の前を握り締めていた手も、すっと降ろされた。


彼女がふと、気がついたように窓の方に振りかえった。
彼も、彼女と同じようにを目線を変えた。
もう、夕方になっていた。
空は夕焼け空に変わり、夕日が少しずつ地平線の向こうに沈んでいこうとしていた。
街の子供たちが友達に大きく手を振って別れ、家に帰る様子が見えたり、
食堂の方から騒がしい声が聞こえて来たり。
この家は、他の家より少し高い位置にあるので、街の様子もよく見えた。
彼女はその光景に、すうっと目を細めた。
その先にある、『何か』を見ているように。
もっとも、彼には彼女のそんな表情を見ることは出来なかったが。

「・・ねぇ・・・」
彼女が再び言葉を口にする。
そして、ゆっくりと彼の方に振りかえる。


   ―――ごぉぉぉん・・・ごぉぉぉん・・・・・・


5時を知らせる、時計台の鐘が鳴った。
窓の外で、鳥たちがいっせいに羽ばたいた。


「・・・あんたも・・・見つけてくれるよね・・・あたしのこと・・・」


――夕日を浴びる彼女の後で羽ばたく鳥たち。
彼の目には、それが一枚の芸術的な絵に見えた。


彼は、彼女の言葉にしっかりと頷いた。
彼女はそれを見て、ふんわりと微笑んだ。
そのときも逆光で彼に彼女の表情が見えるはずがなかったのだが、
彼には何故か彼女が微笑んでいることがわかった。


「・・・よかった・・・」


彼女は小さく、けれどはっきりと、言葉を紡ぐ。
その言葉に、彼もまた、彼女と同じような笑みを浮かべた。


「・・・さ、5時よ。帰らなくちゃ」


彼女の言葉に、彼の表情が曇る。


5時・・・それは、彼女がこの部屋で過ごすようになってからの2人の約束。
5時の鐘が鳴ったら、彼はこの部屋をあとにするという内容の。
そうやって期限を設けないと、彼はいつまでも彼女の側にいたいと思うから。
彼女の方も、彼に側にいてほしいと思ってしまうから。


いっこうに帰ろうとしない彼。
彼女は再び言葉を紡ぐ。


「・・・また、明日ね」


彼は、無意識の内に下がりかけていた顔を、弾かれたように上げる。
その視線の先には―――寂しげな彼女の姿。


「また・・・明日ね」


彼は、ゆっくりと一度頷いて、ゆっくり彼女に背を向ける。
そして、ゆっくりとした足取りで、彼女のいる部屋をあとにする。

彼女は彼の方に手を伸ばそうとして――やめた。
そして、彼の背中を見つめていた。
彼の姿が見えなくなるまで。


  ――キィ・・・・・・パタン――


軽い木のドアの音。
でもそれは、二人にとっては鉄の重い扉の音に聞こえた。



彼の気配が消えてから、彼女は枕元に置いている白い表紙のノートに、何かを書いていく。

・・・・・ぱたん。

書き終えると、彼女はそのノートを閉じ、再び枕元に置く。
そして、ベッドに横になる。



・・・数分後、彼女から規則正しい小さな寝息が聞こえるようになった。



さぁぁぁっ・・・
開けたままだった部屋の窓から、風が吹きこむ。
その風は、先ほど彼女が何か書き込んでいたノートのページをめくる。


・・・ぱらぱらぱらぱら・・・・・ぱら・・・


風はおさまり、それと共にノートをめくる音も止まる。
開いていたページには、今日の日付と共に、こんな言葉が書かれていた。





  ―――いつかどこかで会いましょう

        姿形は変わっていても

          きっとまためぐりあえるから

            だから少しの間さよならしよう

              またあなたに会うために





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