桜の舞う夜




「ねぇ・・・桜って夜のほうが綺麗だと思わない?」
彼女の唐突なその言葉に、ゼロスは一瞬言葉を失った。

――町の外れにある小高い丘の上にある桜の木の前。
ゼロスは一人で夜の散歩に出かけるリナを見つけて、宿屋からここまで精神世界面(アストラル・サイド)からつけてきたのだった。
「・・・僕がいること、お気づきだったんですか」
そう言いながらリナの少し後ろに姿をあらわすゼロス。
桜を見ていたリナはゼロスの方に向き直り、普段は見せたことのない笑みを浮かべて、
「当たり前でしょ、あたしを誰だと思ってるの?」
「・・・それはそれは、失礼致しました」
彼女のいつもと違う表情に戸惑いながらも、ゼロスは表情を崩さずにそう言った。
「・・・それより」
言って彼女はもう一度桜のほうを向き、桜の木を見上げる。
「桜って夜のほうが綺麗だと思わない?」
「・・・そう・・ですか?」
「うん・・・魔族のあんたに言ってもわかんないかもしれないけどね」
ゼロスの曖昧な答えにも、さほど気を悪くした様子もなく、そう言うリナ。
「それに・・・咲き始めよりも散ってる方が好き。
 ――これは、あたしだけかもしんないけどね」
そう言うリナの顔には、言葉には表現できないような表情が浮かんでいた。
もっとも、ゼロスはその表情を見ることは出来なかったが。

少しの沈黙の後、リナは再び口を開いた。
「・・・理由、聞かないのね」
「・・・ええ、言えることなら僕が聞かずともおっしゃってくださるはずですから」
ゼロスの言葉にリナは小さく微笑んだ。
「ええ・・そうね」
言って、リナは空を舞う花びらを一枚手にとった。
――白く細い腕、少し見えたほんのり赤く色づいた頬。
その全てが、あまりにも美しく、儚く見えて。
ゼロスはリナを自分の元に引き寄せた。
リナは思った以上に細く、ゼロスの腕の中にすっぽりとおさまった。
「・・・ゼロス?」
いつもなら顔を赤くして怒りそうなリナだったが、これも桜の魔法か、おとなしくゼロスの腕に抱かれていた。
そして、リナは心配そうな顔でゼロスを見上げる。
いつも挑戦的な顔で自分を見るリナの、初めて見るその表情に、あるはずのないゼロスの心臓が跳ねる。
そして、ゼロスは彼女の桜色の唇に、優しく口付けた。
「・・・んっ・・・」
リナは一瞬目を見開いたが、ゼロスの優しそうな瞳を見て、目を瞑った。
ゼロスもそんなリナを見て、珍しく開いていた瞳を閉じた。

「・・・リナさんは、消えないで下さいね」
名残惜しそうに唇を離したゼロスはリナにそう言った。
「・・・自分はいつも勝手に現れて、勝手に消えていくくせに」
少し拗ねた顔をして、ゼロスに言うリナ。
その瞳には、いつもの挑戦的な光が宿り始めていた。
「それは・・・魔族ですから♪」
そう言いながら、ゼロスは一人心の中で呟いた。
やはり、いつものリナさんが一番ですね、と。

「・・・さて、そろそろ帰らないとね。夜更かしは美容の大敵なんだから」
言いながら、大きくぐーっとのびをするリナ。
「・・・ゼロスはどうするの?」
「仕事の方に戻りますよ。
 これ以上遊んでいたら、獣王様に叱られちゃいます」
彼の言葉に、リナは魔族の社会も大変ね、と笑いながら言った。
かと思うと、急にまた先ほどの表情になり、こう言った。
「・・・ねぇ、ゼロス。
 また・・・会えるわよね・・・?」
ゼロスは一瞬目を開き――再び閉じて、
「・・・ええ、リナさんがそう思って下さるのなら――」
そう言い残し、いつものように闇に消えた。



光と闇が溶け合った

そんな、桜の舞う夜。





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