桜の舞う夜




「ゼルガディスさん、少し、お散歩にでも行きませんか?」
ある日の夜。
彼女――アメリアのこの言葉に誘われて、ゼルガディスは久しぶりに夜の散歩とやらに行くことになった。
いつもなら、夜は愛用している剣の手入れや読書に時間を費やすのだが、この時間に彼女を一人で外に行かせる事は彼にはできなかったのだ。

キィィ・・・パタン。
誰もいない通りに、宿屋のドアの音が響く。
昼間はまだ暖かかったが、さすがに夜になると気温も下がる。
「・・・寒・・」
冷たい風をその身に浴びたアメリアは、無意識の内にそう呟く。
それと同時に、肩に何かが掛かった。
「・・・?」
不信に思い自分の肩を見ると、見なれたマントが掛かっていた。
「・・・ゼルガディスさん・・・?」
言ってマントの持ち主を見るアメリア。
「・・・風邪でもひいたら困るから、な・・・」
少し赤い顔を隠すように暗くなった空を見上げながら、ゼルガディスはそう言った。
「・・・ありがとうございます」
言って彼と同じように少し頬を赤くしたアメリアはふんわりと微笑んだ。

こつこつこつこつ・・・
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った街の中。
彼等の足音だけが響き渡る。
何もないのに楽しそうに前を歩くアメリアにゼルガディスは先ほどから思っていたことを口にした。
「・・・これから何処へ行くんだ?」
「・・・それは秘密です♪」
歩くスピードを緩めずに、某神官の口癖を真似て言うアメリア。
一方、ゼルガディスは、自分が好ましく思っていない人物を彷彿とさせる言葉が他でもない彼女の口から出たからか、苦虫をかみつぶしたような表情に変わる。
・・・もちろん、前を歩くアメリアがそんなことに気づけるハズもなく。
先ほどと同じく、楽しそうに歩いている。
・・・もっとも、彼女が楽しそうなのは、ゼルガディスのおかげなのだが。

数分後。
アメリアは一本の桜の木の前で立ち止まった。
そこは、この町に来る時にも通った、町外れの丘の上だった。
桜は風に吹かれて空を舞い、その花びらの一枚一枚が、月の光に照らされ、輝いていた。
アメリアは桜の木を見上げながら、
「お昼に来た時も綺麗でしたけど、桜って、夜のほうが綺麗だと思いませんか?」
ゼルガディスは、彼女のこの言葉に少し驚いた。
彼女ならきっと明るい昼間を好むだろうと思っていたから。
アメリアは、彼のそんな考えを知るはずもなく、桜の舞う様子を見ながら、
「夜のほうが、お昼と違って桜の色が映える気がするんです」
そう言うアメリアの周りを、桜の花びらが舞う。
その光景があまりにも幻想的で。
今にも花びらと一緒にアメリアが消えてしまいそうで。
ゼルガディスは無意識の内にアメリアを抱きしめていた。
「・・・ゼ、ゼルガディスさんっ?!」
顔を真っ赤にさせて言うアメリア。
しかし、言うだけで何も抵抗しないので、嫌がってはいないようだった。

「・・・ゼルガディスさん・・・?」
アメリアを抱きしめたまま、一向に口を開こうとしないゼルガディスに、彼女はそう言った。
その彼女の言葉に、ゼルガディスはふと我に返り、慌てて彼女を解放する。
「・・・す、すまん・・・」
その顔は、かなり赤い。
・・・一方、アメリアも彼に負けず劣らず赤い顔をして、俯いていた。

「・・・帰るか」
「・・・はい」
硬直状態から抜け出した二人は、まだ少し火照った顔を風で冷やしながら、微妙な距離を保ちつつ、宿屋へ帰った。
お互いの表情を見ることはなかったが、二人とも恥ずかしそうに、しかし幸せそうな笑顔を浮かべていた。





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