――2004年2月29日。
4年に1度の『彼』の誕生日は、日曜日だった。




Leap Year




「・・・はぁ」

青春学園高等部男子テニス部1年。
完璧な容姿と頭脳と才能を持った彼――不二周助はため息をついた。
今日は彼の16歳の誕生日。
誕生日といえば、恋人と一緒に過ごしたいというのが年頃の少年少女が思うことで。
『天才』と呼ばれる彼もまた、そう思っていたのだった。
しかも、彼にとっては4年に1度の誕生日なのだ。
大切に思うのも無理はなかった。

・・・なのに。

「日曜日、か・・・」

誕生日が休みというのは嬉しいことかもしれないが。
最愛の恋人であり、去年までの部活仲間である越前リョーマと、高等部・中等部の違いはあれど、同じ学校に通っている彼にとって、それは不幸でしかなかった。
そのうえ、中等部は学年末テスト前ということで部活動も休み。
対して自分はテニス部の練習が当たり前のようにあるのだった。

休み時間に会うことはおろか、中等部用・高等部用が比較的近い場所にあるテニスコートですら会えない。
まるで誰かに仕組まれたかのようなスケジュールに、不二は頭を痛めていた。

「・・ねぇ・・・・不二ってばっ!」

近くから聞こえたその声に、不二ははっと我に返った。
声の主は、恋人と同じ――いや、恋人よりも付き合いの長い、中学時代からのテニス部仲間、菊丸英二だった。

「・・・あぁ、ゴメンゴメン。どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ〜。もう練習終わったよん?」

怪訝そうな顔で自分を見る英二。
辺りを見ると、皆片付けを始めていた。
そういえば・・・今日の練習は午前中だけだったっけ。

「・・・ゴメン。わざわざ呼びにきてくれたんだね」
「なぁに謝ってんだよ。そんなの気にする仲じゃないっしょー?」

中学の時から少しも変わらない英二の笑顔に、不二も微笑みを返した。
そして、2人並んで片付けの輪に混じっていった。





片付けも着替えも終えて、帰り道。
英二を始めとしたテニス部員(主に1年生)たちは、不二を食事に誘った。
もちろん、ささやかながら不二の誕生祝いをしようという意図だった。
しかし不二は、

「ありがたいお誘いではあるけど・・・今日は、遠慮させてもらうよ」
「え・・・な、なんで?今日は4年に1度の不二の誕生日なんだよっ?」
「うん、そうなんだけど・・・なんとなく」

まだ言いたいことはあったけれど。
なんとなく、という不二の言葉の裏にある"何か"を、英二は感じ取った気がして、声にするのをやめた。
・・・それが何かはわからなかったし、そもそもその存在があるのかも不明だったのだけど。
長年の友人としての、仲間としてのカンが、その考えを支えていた。

「んじゃ、プレゼントだけ渡すねー」

抑えた言葉の代わりにそう言って英二は小さな袋を不二に手渡した。
対したものじゃないけど、という英二に、不二はありがとう、と言葉を返した。





不二の誕生祝いはなくなったが、空いているお腹を満足させようとお店に向かった仲間たちと別れて。
彼はいつもの道を家の方へと歩いていた。
太陽は空高く登り、澄みきった青空が広がっていた。
風はまだ肌寒かったが、練習で温まった体には心地いい。
何について考えるでもなく、ただただ歩きつづける不二。
・・・しかし。
家の見えるところまで来て、彼はその歩みを止めた。
自分の家の前に、見なれた姿を見つけたからだ。

「・・・えち・・・ぜ、ん・・・?」

無意識に呟いた言葉。
その声が届いたのか、それとも視界の端に不二の姿が見えたのか――越前リョーマは、不二のいる方向を向いた。

「・・・あ、不二先輩。オカエリナサイ」
「越前・・・どうして、こんなところに・・・?」

中等部は部活もないし、第一、学年テスト前のハズ・・・
不二の頭に疑問符が浮かび上がる。

「こんなところ、って・・・先輩の家の前じゃん」
「そうだけど・・・どうして・・・」
「ま、立ち話もなんだし。家、いれてくんないっスか?」

戸惑う不二とは対照的に、いつもの様子のリョーマ。
しかし、最後のリョーマの言葉に応えて、不二は彼を自室へと案内した。





――かちゃ。

2つのティーカップを自室のテーブルの上に並べると、不二は勝手に雑誌を読んでいるリョーマの向かいに腰を下ろした。
リョーマはども、と短く言うと、雑誌を横に置き、紅茶に口をつけた。
少し冷えた体に、温かく甘い紅茶の味が染み渡る。
そうして一息ついた後。
不二は先程と同じ問いを・・・先程よりは幾分落ちついた様子で、リョーマに投げかけた。

「・・・さっきも言ったけど。どうしてあんなところにいたの?」
「恋人の家に来て、何が悪いんスか?」
「いや、それはいいんだけど・・・」

変わらず平然とした様子のリョーマに、不二は自分の質問の意図が伝わらないことに少し苛立ちを覚えた。
そんな不二の様子に気づいたのか、リョーマはふぅと息をつくと、

「今日・・・周助の誕生日でしょ?だから来たんスよ」

と、言った。
呼び方が変わったのは、2人きりになったときだけ・・・という、不二と交わした約束のせい。

「でも、明日から・・・テスト、でしょ・・・?」

そうだ、中等部は明日から学年末テスト。
そのために部活動も休みだったし、不二自身もリョーマに連絡をとらずにいたのだ。
折角の誕生日に会いたい気持ちは山々だったが、恋人の成績を下げさせるわけにはいかなかった。
なのに、肝心の彼は今・・・自分の部屋にいる。

「そういえば・・・そうだったっけ」
「そういえば、って・・・」

あまりにも簡単に言うリョーマに、驚きと呆れの混じった声が出る不二。

「ま、いいんじゃない?それに・・・」

不敵な――中学時代、試合で良く見ていた、あの笑みを浮かべて。
リョーマは不二の顔を覗きこんだ。

「オレがテストで90点以下取ったことある?」

・・・それに、とさらにリョーマは続ける。

「学校の勉強なんかより・・・こっちの方が比べらんないくらい大切だし」

そこまで言うと、リョーマは再び紅茶に口をつけた。
不二はそれを聞いて、始めぽかんとしていたが、やがて一言、

「ゴメンね、リョーマ」

そう言った。
きっと彼は自分を心配してきてくれたんだ、そう思ったから。
しかし、リョーマはそんな不二に怪訝な顔をして、

「・・・何謝ってるんスか?勝手に来たのオレの方だし」

"なぁに謝ってんだよ。そんなの気にする仲じゃないっしょー?"

リョーマの言葉に、午前中の英二の言葉が重なる。
・・・あぁ、僕は今日謝ってばっかりだ。誕生日なのに。
そう思うと、少し笑みが零れた。

「・・・何笑ってるんスか」

今度は少しむくれた様子で言うリョーマ。
不二はまだ零れそうな笑みを隠しつつ、

「何でもないよ・・・ありがと、リョーマ」

心からの笑顔で、そう答えた。





「・・・あ」

それは、紅茶を飲みながらくつろぎ始めてから、1時間ほど経った頃。
不二は思い出したようにリョーマの方を見て呟いた。

「・・・何っスか?」
「プレゼント。誕生日にはつきものじゃない?」
「・・・高校生が中学生に物ねだってイイワケ?」
「そんなの関係ないじゃない。ね・・・ないの?」

少し寂しげな光りを瞳に宿して言う不二。
リョーマのことだ、用意してない可能性は十分あるだろうと覚悟はしていたのだけど。

「・・・仕方ないなぁ」

本当に仕方ないという表情をして、リョーマは鞄を探り始めた。
その様子を見て、不二は驚きの表情を浮かべる。

「ぇ・・・ある、の?」
「・・・ねだったのは周助の方でしょ」
「いや・・・まさか本当にあるとは思わなかったから・・・」
「じゃ、あげなくてもいいんスね」

言って、鞄から手を抜こうとするリョーマをなんとかひきとめる。
ぶつぶつ言いながらもリョーマは鞄から何かを取りだし、不二の手に乗せる。

「開けてみて下サイ。・・・気に入るか、わかんないけど」

手に乗せられたのは、キレイにラッピングされた小さな袋。
開けてみると、中にはシンプルな携帯のストラップが入っていた。

「・・・これ・・・」
「周助が何が欲しいかわかんなかったから・・・」

不安そうに、不二とその手の中のストラップを交互に眺めるリョーマ。
不二はそんなリョーマを見ると、くすっと微笑んで。
机の上に置いていた自分の携帯に、貰ったばかりのストラップをとりつけた。

「あ・・・」
「ありがと、リョーマ。スゴク嬉しいよ」

携帯を片手に、微笑む不二。
しかしそのとき、あることに気づいた。

「・・・あれ、何か内側に書いてある・・・」

貰ったストラップにはベルトのようなものがついていた。
そしてその裏側に、デザインとは違う様子の何かが書かれていた。

 "Happy Birthday Syusuke!! by R.E"

キレイな筆記体で書かれた、短い文章。

「・・・リョーマ、これ・・・」
「・・・あーあ、見つかっちゃったか」

オレが帰った後にでも気づいてくれたら良かったのに、と言うと、リョーマは残念そうに肩をすくめた。
そして、今度は不二の顔の方へ口を寄せて・・・

「・・・Happy Birthday Syusuke」

文字と同じくキレイな発音で、リョーマは不二の耳元に囁いた。
そしてそのまま、不二の頬に唇をそっとあてた。





その後2人がどうしたのかは、2人だけの秘密である。





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