大事な人


ここはセイルーンからそう遠くない,ある村の外れにある小さな家。

家にはかつてデモン・スレイヤー,ロバーズ・キラーなどと呼ばれたドラまた・・・いや,自称天才美少女魔道師が二人の男と住んでいる。

彼女は今ベッドに寝ていた。二人の夫に寝かしつけられたとでも言うべきだろうか。

「もう〜。大丈夫だって言ってるのに」

彼女―リナ=インバースは夫―ガウリイ=ガブリエフの姿が見えるとここぞとばかりに愚痴った。

「まだ言ってるのか?いいから今日は寝てろ」

ガウリイはリナの額のタオルを取替えに来ていた。

「だって,ただの風邪よ?別に家の仕事するくらい平気だってば」

階段を上る音が聞こえ、もう一人の夫―ゼロス=メタリオムが姿を見せた。

手には三人分の昼食を持っている。

「ただの,じゃないです!少しでも熱があるんですから大人しくしていてください!」



「そんな事言ったって微熱なんだから大丈夫だって」

いつもなら「しょうがないですねえ」と言ってリナに譲ってくれるのだが,こういうことについては絶対譲らなかった。

「いいえ!今日は1日大人しくしていてください!」

リナもそれを知っているからしぶしぶ頷いた。

「・・・・・・はぁ〜い」

「・・・・・あのな。いつ聞こうかなって思ってたんだが,丁度いい機会だから今聞くぞ?」

ガウリイがいつになく真剣な目をして言った。



「何?」

スープを口に運びながらリナが問う。

「リナさん?夜のお散歩は楽しいですか?」

ぶっっ。

思わずリナはスープを吹き出してしまった。

「ななななな・・・・!?」

喉に詰まったらしい。「何でそのことを!?」と聞いている様子だ。

「ガウリイさんが昨日出て行く貴女を偶然目撃したんです。リナさんに昨日あれほど夜は寒くなるからどこにも行かないでくださいってお願いしたのに・・・。もともと風邪気味だったから心配していたのに・・・・。僕の言う事なんか全然聞いてくれないんだから…。いじいじ、いじいじ」

「・・・・・悪かったわよ!」

「分かればいいんです」



・・・・・立ち直りが異様に早いらしく、ゼロスはけろっとしている。

「それで?何をしてたんだ?」

「別に・・・・ただの散歩よ」

「『別に・・・・ただの散歩よ』・・・で通ると思ってるんですか!?」

「うっ・・・・」

ありもしない八重歯を生やしてゼロスは怒鳴った。

「ガウリイさんがリナさんがどこかに行くって言うから!こっそり後をつけてみれば!」

「つけてたの!?」

「ストーカーか?お前らは」と、思ったのだろう。リナは複雑な表情をした。

「つけただなんて人聞きの悪いことを言わないでください!ただ単に好きな人を観察していただけです!」

それはつけていたと言わないのだろうか?

「L様とお話しているなんて!!何考えてるんですか!?」

「いや・・・。だって・・・・ちょっと位良いじゃない」

男が即興二重奏を奏でた。

『良くない!!』

「だいたい!お前分かってるのか!?あの術は!不完全版ですら身体に影響が出るんだ!それをほいほい使いやがって!」

「そうです!それにあの話の様子だと一回や二回じゃないですね!?貴女は自分の身体を何だと思ってるんですか!!」

「・・・・・・そんなに怒らなくっても・・・」

「そんなに!?これでも抑えてるんですけど!?」

そうなのだ。三人が同居し始めてすぐにリナは身体の不調を訴えた。それがあの呪文を−ギガ・スレイブ−使ったことによる悪影響だと分かってからは二人はリナに禁呪と呼ばれる術を使うことを一切禁じた。

「全く。こっちの心配を何だと思ってるんだ?お前さんは」

「本当に。この間もこっそりブラスト・ボムを使おうとしたでしょう。あの術やギガ・スレイブ,ラグナ・ブレードは使ってはいけないと何度言えば分かるんですか?」

「だって・・・・・身体が鈍ってないか心配だったから・・・」

「身体が鈍るのを心配するよりもまず,自分の身体の具合を心配をしたらどうなんだ!?」

「でも・・・・・ゼロスだって肩慣らしに何回も使ってるし・・・」



二人は呆れて物が言えなかった。

「いいですか?僕はもともと魔族なんです。魔族だった者と,人間でしかないリナさんを一緒にしないでください。それにキャパシティだって違うでしょう。確かにリナさんは人並み外れた魔力とそれを受け入れる器がありますが,それはあくまでも一般の人から見ればの話です。ブラスト・ボムはレイ=マグナスがやっと使いこなせた術で,ラグナ・ブレードやギガ・スレイブに至っては言語道断!人間の身で使えるような術ではありません!もし使えたとしても一瞬で廃人と化すくらいに危険だから禁呪と言われているんです!貴女だってそれは知っているでしょう!?リナさんが使えると言うだけでも奇跡に等しいんです!それを杖に明かりを灯すような感じで気軽に使わないでください!」



喋っているうちに興奮してきたのだろう。声のトーンもボリュームも数段上がっている。

「・・・分かったからゼロス。もう少し静かにしてくれ・・・・・」

「・・・・・ですがリナさんは何度言ってもちっとも分かってくださらないんですから,これくらいしないと!」

「いや,その事自体は賛成なんだが・・・・。もう少しボリュームを下げてくれないと・・・俺等,死ぬぞ?」

しぶしぶ頷く。

「・・・・・・・はい。すみませんでした」

「ところで,リナ?Lと話してた中で面白い話があったんだが・・・」

「何よ?」

「リナさんが後少ししか生きられないと言うお話です。」

「!!」



「リナさん,この頃よく風邪を引いていらっしゃいましたよねえ?」

「それって,さっきの話に関係あることだよな?」

「う・・・・・。あんた達後ついて来たんだったら知ってるんじゃないの?」

「知りません。途切れ途切れにしか聞こえませんでしたから。だから知りたいんです」

「・・・・・・・・・・それは・・・・」

「リナさん?」「リナ?」

リナはたじろいだ。まあ,でかい男が二人も薄笑いで迫ってきたら誰だってたじろぐだろう。

「お話してくれますよね?」

「・・・・分かったわよ」

そうしてリナはぽつぽつと喋り始めた。



「昨日Lと23回目のお茶会をしないかって誘われてたから,それで一応防寒して行ったのよ」

「待ってください」

「何?」「23回目って・・・・・」

「!こ、言葉のアヤよ,アヤ!」

「その割にははっきりした数字だが・・・・」

「いいじゃない!続けるわよ!」

「はあ・・・・。ま,いいでしょう。続きをどうぞ」

「で,まあ行ったら,いつもみたいにテーブルが用意されてて・・・,何となく話の筋からそういう話になったのよ。その・・・・魔法を使いすぎるとそのうち死ぬよ,そうじゃなくてもお前の身体は後少ししか持たないんだから・・・・みたいな・・・・」

「なるほど。それで?リナさんは何でそれを黙っていたんですか?」

「それは・・・・Lと会ってるって分かったら二人とも怒るし・・・」

「当然だろう!」

「それだけが理由ですか?」

「・・・・・・心配かけたくなかったし・・・・」



いつまでたっても初心なリナはこんな一言でも赤くなる。

恥ずかしさからか二人に叱られると思ったからか俯いていたリナはガウリイの苦笑に驚いて顔を上げた。

「全く。その気持ちはありがたいんだけどなあ。ゼロス」

「ええ。リナさん?何も言われないほうが心配だって分からないんですか?」

「え?」

「俺達が怖いのはいきなりリナがいなくなる事だってどうして分からない?」

「それなら前もって知っておいた方が良いってものです。そうでしょう?」

「・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」

珍しく素直にリナが謝った。

「怒ってないですから別にいいです。今度からはちゃんと言ってくださいね?」

「でもなぁ・・・その風邪もギガ・スレイブを使ったせいで悪化したんだろ?お茶会も良いが程々にしてもらわないと・・・」

「あ!あの・・・その・・・・・」

「何ですか?リナさん?」

何故かリナの顔が赤い。

「その・・・、それってギガ・スレのせいじゃないの」

二人は顔を見合わせる。

『L様のせいじゃない?』

術が悪いのであってL本人が悪いわけではないだろうに、二人はLの仕業のように言った。

「その・・・・だから・・・・・」

「だから?」「何なんです?」



「あの・・・・しばらく家事休んでも良いかな?って言うか,それよりも,実家のほうに行ってゆっくりしたいな〜なんて思ったりして・・・」

「どこか悪いのか!?」「ご実家に何かあるんですか!?」

「その・・・・大事な人が・・・・」

『ぬあにいいいいい!?』

・・・・遠くの人はその家の屋根が飛び上がったと後に証言したと言う・・・。

「その大事な人って誰ですか!?」

「もしかして俺達よりも大事だとか言うんじゃないだろうな!?」

しばらく考えた後リナはキッパリと言った。

「うん。あんた達より大事」

瞬間部屋の気温がマイナスにまで下がった・・・ように思われた。

「誰ですか!?その人はどこにいるんですかぁ!?」

「えっと・・・・ここにいるんだけど・・・・」

『はい!?』



「その・・・・・あっ・・・・あたしはゼロス似の男の子がいいなあなんて・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・。完全に部屋の時間が硬直した。

「こど・・・・も・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・うん。あの・・・・ゼロスの子よ」

「僕の・・・・・子供・・・・・・?」

「良かったじゃないか!ゼロス!おめでとう!」

ようやくゼロスは我に返った。

「ありがとうございます!ガウリイさん!」

「リナ!おめでとう!」

リナはようやく顔を上げて笑った。その顔は既に一人の母親の顔だった。

「・・・ありがとう。ガウリイ」



その夜。アメリアとゼルガディス,シルフィールが呼ばれ,ゼロスが盛大な手料理を振舞った。

〜〜END〜〜


■作者サマより。

ゼナスが生まれるときのお話です。

何か訳の分からない話になってしまいましたが。

どうして男二人がリナの身体のことを知っているかを書きたくて書いたものだったりします。

読んで頂いてありがとうございました。



天野めぐみサマより。
素敵な作品ありがとうございました。


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