光の世界
「・・・・花束?」
「・・・と、これは栞ですねえ・・・・。」
箱の中にはドライフラワーの花束があった。
そして同じ花で作られた栞が二枚。
「これ、スターフラワーだ・・・・。」
花の名はスターフラワー。この地方では珍しいが、もっと北で咲いている可憐な花だった。
「星の花」と呼ばれて親しまれている。
「おい。このリボン、見覚え無いか?」
花束には明らかに幼い子供が稚拙にも結んだと思われる赤いリボンが結んであった。
小さな白い花に細い深紅のリボンが映えていた。
「見覚えがあって当然ですよ。これは僕達が初めて三人で母様に上げた誕生日プレゼントなんですから。」
「ねえ。リボンの先に何かついてるよ?」
少し色褪せたリボンの先には三つの指輪が結ばれていた。
黄色い指輪。黒い指輪。・・・・紅い指輪。
「何だ?」
「おや。手紙がありますね。」
またしても箱の底には手紙が入っていた。・・・よくよく手紙の好きな女性である。
――・・・あたしの子供たちへ。貴方達がこれを読んでいると言うことはあたしはもうこの世界にいないのでしょう。突然こんな事になってしまって驚いているでしょうね。あたし自身驚いているんだから無理も無いか。ゼナスとガルにもっといろんな事を教えたかったのに。特にリウナ、貴女には何も教えてあげられなかった。もっと一緒にいたかったけどあたしには残された時間など無かった。こんな形でしか話せないことを許してください。
・・・貴方達はこの花束を覚えてくれているかしら?初めて三人から貰った誕生日プレゼント。あの時は本当に嬉しかったわ。ありがとう。お礼と言っては何だけど、あたしからの贈り物を受け取って頂戴。
リボンに結んである指輪。それがメモリーオーブよ。
それぞれ黄色い石はゼナスへ。黒い石はガルへ。赤い石はリウナへ。――
そこまで読み終えたとき、不意に黄色い指輪が淡く輝き出した。
リボンから自然に外れ、ゼナスの手に落ちた。
リナの声が聞こえる。
――ゼナス。この指輪は貴方へ。これは琥珀と言う宝石。
宝石にはそれぞれ『宝石言葉』と言うものがあるの。『琥珀』の宝石言葉は『誰よりも優しく』。あたしからの最後の願いよ。どうか。ガルとリウナを。貴方の家族を。家族になる人を。大切にして。それこそ『琥珀』のように優しい人になって・・・。――
声が止むと琥珀はひときわ強い光を放ち、ゼナスの指へと納まった。
「母様。琥珀の指輪。確かにお預かりします。」
黒い指輪がリボンから離れ、ガルの手へと落ちる。先ほどと同じように輝き、光を放つ。そしてまたリナの声が。
――ガル。この指輪は貴方のもの。ブラックオニキスと言う名前を持つ石です。
この石の宝石言葉は『輝く貴方』。心優しい貴方のことだから、二人が心配で迷ってはいない?大丈夫よ。二人はきっと許してくれるから。あの子と一緒にいることを。いつも前を見て、輝いた貴方でいてね。――
そしてブラックオニキスの指輪はガルの手へ。
「・・・・ああ。兄さんとリウナなら分かってくれると思う。指輪、確かに貰ってくよ。」
最後に紅い指輪が。リウナの手に落ち、強い光で輝き出す。
――・・・リウナ。この指輪は貴女の物よ。これはカーネリアンと呼ばれる宝石。あたしと貴女と。・・・・あの忌まわしい魔王の瞳の色だわ。この石の宝石言葉は『希望に満ちて』。いつも希望に満ちた世界に生きてね。貴女が希望を見失わなければきっといつまでも世界は希望で溢れているわ。そしていつか貴女は貴女だけの『希望の人』に逢うわ。あたしがガウリイと出会った様に。・・・・ゼロスの傍にいたいと思ったように。
いつもいつも希望に満ちて前を見ていてね。――
「・・・うん。うん、お母さん。ちゃんと貰ったから。ありがとう。」
いつまでも。・・・いつまでも。光の消えた指輪を握り締めてリウナは泣いていた。
その日の夕食の席で。それまで黙っていたガルが突然口を開いた。
「・・・あのさ。俺、家出るから。」
――ぽろ。
リウナがフォークを落とした。
「ふええええっ!?」
ゼナスはリウナとは対照的にどこまでも落ち着き払った仕草で食事をしていた。
・・・・フォークとナイフを彼にしては珍しく音を立てていることを除けば。
「何で!?どうして!!」
「いや、何でって・・・前から決めていた事だし。」
「行ってらっしゃい、ガル。」
リウナがなおも問い詰めようとした時、ようやく平静を取り戻したらしいゼナスがにこやかに微笑みかけた。
「お兄ちゃん!」
「何ですか?」
「何じゃないでしょ。どうして止めないの!?」
しかしゼナスは心底不思議そうに聞き返した。
「どうして止めないといけないんですか?本人が決めたんだから良いじゃないですか。」
「・・・でも駄目!止めて!!」
大きくため息をつくとゼナスは降参した。どう合っても彼はリウナには逆らえないのだ。何せとても可愛い妹だったから。
「しょうがないですねえ。ガル。理由を言いなさい。それ如何によっては許しませんよ。」
そう言いながらサラダをゼナスは口に運んだ。
「・・・付き合ってる奴がいる。」
――・・・・・がしゃん。ばたんっ――
リウナがカップを取り落とし。ゼナスが思わずテーブルをひっくり返してしまった。
・・・どこからかリナの声が聞こえてきそうだ。
「必殺!!ちゃぶ台返し!!」・・・・と。
皿が悲鳴を上げて砕け散った。
いち早く察したガルが皿を持ったおかげで彼の食事だけは無事だったが。
「危ないなあ、もう・・・・。」
「か、かかか・・・・・。」
ゼナスが虚ろに呟く。
「ん?蚊でもいたのか?」
「つ、つき・・・・つき・・・・」
「・・・リウナ・・・・キツツキじゃないんだから・・・」
「彼女がいるんですか!?」
「付き合ってる人!?」
同時に大声を出されてガルは皿を取り落としてしまった。
――ぱりん。――
「・・・・俺のご飯・・・」
情けなさそうにしているガルにおかわりの皿を渡すとぱっと表情が変わった。
・・・・あの二人の血を引いてるって一目瞭然だ。
「すごく意外です。」
「お兄ちゃんに彼女がいるなんて。」
「うんうん。」
「・・・そんなに意外か?」
『うん。』
「・・・しくしく。」
・・・・鳥の骨をしゃぶりながら泣きまねをするガルはあっさりと無視されてしまった。
「お兄ちゃんに彼女だ何て考えもしなかった。」
「はい。何せガルはガウリイ父様以上の剣術馬鹿ですから。まさか女性に興味があるなんて・・・。」
「ばか!剣術馬鹿にだって心はあるんだよ!」
・・・なんだか酷い言われようである。
「・・・・・・とにかく。駆け落ちするから。」
『・・・・・・・はあああっっ!?』
いきなりの爆弾発言に思わず椅子からずり落ちる二人。
まあ、いきなり駆け落ち宣言をされたら誰でも驚くだろう。
「・・・・・そんなに驚く事か?」
『普通は驚く。』
「・・・・別にカタートの氷が溶けて世界中が水浸しになったわけでも魔王が復活したわけでもないのに。」
――ごんっ――
「比喩が過ぎますよ?ガル。」
「悪かった。」
ゼナスが持っていた杖の先で思いっきり頭を引っ叩いたのだ。
「どうして駆け落ちするの?」
「うん。あいつの一族が交際を認めてくれなくてな。」
「そんな事、説得すれば良い話じゃないですか。」
「・・・・そうはいかないんだ。」
「なんで?」
「・・・・・同じなんだよ。」
ゼナスとリウナは顔を見合わせた。
「何が同じなんですか?」
「母さんとゼロス父さんと同じなんだよ。」
「え〜〜・・・・じゃあ、相手って・・・魔族?」
「いや。あいつは黄金竜なんだ。」
「・・・・・神族!?」
「・・・ああ。」
驚きにリウナは言葉も出ない。
「それは・・・認めてはくれないでしょうねえ・・・・」
「ここにいたら兄さん達にも迷惑がかかる。だから出ていくよ。」
「そんな事気にしなくて良いよ!」
「駄目だ。それに俺は元々旅がしてみたかったんだ。」
「そんなの別に今じゃなくても・・・!」
なおも食い下がるリウナにちらと視線をやるとガルはゼナスと話し始めた。
「実はさ。母さんに貰った指輪をしてから、時々見えるんだよ。」
「何がですか?」
「兄さんには見えないのか?母さんが父さんたちと旅をしているところが見える。」
「・・・・母様が?」
「ああ。すごく楽しそうにしてるんだ。俺もあんな旅がしてみたい。」
ゼナスはしばらく何やら考えていたが、にっこりと微笑むと軽く頷いた。
「いいでしょう。行ってらっしゃい、ガル。」
「お兄ちゃん!・・・・あたしは嫌だからね!」
・・・・ふう。陰ながらゼナスは大きなため息をつき、ガルはリウナの横の椅子に座った。
「・・・リウナ。」
「・・・あたしは嫌だよ。お父さんもお母さんも死んじゃったのに。お兄ちゃんまでいなくなるなんて。
「なあ。俺は死ぬわけじゃない。またいつか絶対に戻ってくるさ。」
「・・・でも・・・・。」
そこでゼナスが口を挟んだ。
「リウナ。ならガルには一年に一度は必ず戻ってきてもらえば良いじゃないですか。ね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
リウナはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「ありがとな、リウナ。」
「・・・いつ出るの?」
「明日。」
「この家は僕達がしっかり守っていますから。いつでも戻っていらっしゃい。」
「ああ!」
話がまとまったところでゼナスが立ちあがった。
「さ。食事を続けましょう。全く。折角作ったのにめちゃくちゃですよ。」
「・・・それは・・・」
それは兄さんのせいじゃないか、と言おうとしたが、寸前で思い止まった。
ゼナスの手からモーニングスターが出てきそうな気配がひしひしと感じられたから。
「あれはお兄ちゃんがテーブルをひっくり返したからでしょ。」
「・・・・はい。すみません、リウナ。」
・・・・謝らせた。すごいなあ。とっさにガルはそう思った。
あのゼナスに謝らせるなんて並みの人間ではなし得ない偉業だ。
何だかんだとしつつも、夕食は進んでいった。
・・・・その食事が三人でする最後の夕食になるとは誰も知らずに。
翌日、ガルは旅立っていった。
神に仕える黄金竜の娘、イリアと共に。
黒い石に残されていた映像を夢見て。
・・・・だが、彼がゼナスとリウナのいるあの家に帰ることは二度と無かった。
ガルとイリアは・・・旅の途中に命を落としてしまった。
竜族の反対にあって。
裏切り者とされ刃を向けられたイリアを庇ってガルは殺された。
そして彼のいない世界に悲観したイリアもまた・・・。
ゼナスとリウナは彼女の親が遺してくれた家に住み続けた。
・・・数年後。森の小さな家には数人の子供達の歓声が聞こえるようになっていた。
周囲の反対は激しく、村の人間には忌み嫌われたが幾人かの理解を示す人々もいた。
黒い石には『映像』が記憶されていた。
黄色い石、紅い石には何が記憶されていたのだろう。
ゼナスに託された指輪には実は何も記憶されていなかった。
だがゼナスは気づいていた。
『琥珀』と言う石自体がメッセージだと言う事に。
琥珀の石を渡された時、ゼナスはすぐに昔の光景を思い出した。
昔彼はリナに聞いた事があった。どうしてゼロスとガウリイと結婚したのかと。
何故一人に選ぶ事が出来なかったのかと。
母親は答えた。
――・・・すごく迷ったわ。あたしにも、他の人にも優しいけど何よりも大切にしてくれるガウリイ。あたしにだけ優しくてあたしだけを見ていてくれるけど、あたしにも時には冷酷になれるゼロス。・・・どっちも選べなかったの。両方大切過ぎて。許されるわけが無いと思った。でも二人に言われたの。自分達が許してやるから。どっちも選ばないなら両方とも手に取れば良いって。二人とも大切で、守りたくて、守られたかった。だから結婚したの。――
・・・幼いゼナスには理解できなかった。
そうしたらリナは困ったように笑って机の引出しから黄色い石を取り出した。
不思議な石だった。石の中に蟻が閉じ込められていた。石は透明で、オレンジのかった黄色で、ちょうどべっ甲のような色だった。
――変わった石でしょう?これは琥珀と言うの。アンバーとも言うわね。
この中にいる蟻の時間は閉じ込められた時から止まったままなのよ。今もこれからも、ずっと。――
――そんなの、かわいそうだよ!僕がもっといろいろお勉強したらその虫、外に出してあげられるの?――
――それは出来ないわね。――
ゼナスは泣き出してしまった。
――でもね、ゼナス。この石は守ってくれてるのよ。――
――え?――
――この蟻は石から出られないけど、石は蟻が絶対に傷つかないように護ってあげてるの。誰にも傷つけられないように。優しいでしょう?・・・残酷なほどに。――
彼女はゼナスに『琥珀』を渡す事で言いたかったのだろう。
大切な人が出来たら守ってやれと。それこそ琥珀のような人間になるようにと。
そしてゼナスはその言葉の通りに生きた。すなわち――世界で一番大切なリウナを護り通したのだ。
ではリウナの紅い石に残されていたものは?
紅い石に残されていたもの・・・それは『記憶』だった。
リナの中に納められていた知識、戦い方、呪文の数々。
彼女が愛した世界、愛した人々。その全てが「記憶」としてリウナに託された。
そして「言葉」が。
――この記憶は貴女の大切な人を護る為に使いなさい。最後に武器となるのは貴女自身よ。それを忘れないで。――
そしてリウナもまた。生涯に一人と定めた大切な男――ゼナスを護り通した。
黄色い石には『言葉』が。
黒い石には『映像』が。
紅い石には『記憶』が。
それぞれがそれぞれにとって素晴らしい贈り物であり、幸福をもたらした。
愛する女の一族の手によって死んでしまったガル。
死は最も悲しいはずなのに彼はどこか幸せそうだった。
周囲の反対にあいながらも血を分け合った兄妹を愛し続けたゼナスとリウナ。
認められない事は最も辛いはずなのに彼らもまたどこか幸せそうだった。
今となっては分からない事だがリナはこの事を予測していたのだろうか?
そして今日も彼等が生きた証は彼等の愛した人々の手によって語り継がれていく。
永遠に続くだろう光の世界を夢見ながら・・・。
■作者サマより。
やっと完結になりました。管理人様初め皆様にはご迷惑をお掛けします。
そしてここまで読んで下さってありがとうございました。
なんか禁断の恋って奴を書きたくなって始めたこのシリーズですが、最後には訳分からなくなってます。
本当に最後までお付き合い頂いてありがとうございます(><)


めぐみサマより。
素敵な作品、本当にありがとうございました。
リナの家族を想う気持ちに本当に感動しました。。。
ゼナスくんもガルくんもリウナちゃんも皆大好きです…っ!
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