まい りとる ぷりんせす


 ぶっすぅぅ・・・


 先ほどからずっとすねまくっているリナに、オレはとうとう声をかけてしまった。


「リナぁぁぁ。おまえ、いつまで拗ねてるつもりだ?」
「・・・・・・・・・」
「リーナー。おい、聞いてるのか?」
「・・・・・・・・・」
「こら。返事はしなきゃダメだぞ?」

 いくら言っても、リナはうんともすんとも言わない。
 普段はめちゃくちゃ素直なんだけど・・・・・・これはそうとう機嫌損ねてるな。

 オレは、ずりずりっと座ったまま移動して。
 そして、ソファのはじっこにうずくまっているリナの髪を、軽くひっぱった。


 くいっ


「やーめーてっ!」

 お。やっとしゃべった。
 ただし、癇癪声+パンチ付きではあったが。

 もちろん、リナみたいな子供の拳が、オレに当たるわけもない。
 すいっと避けて、俺は再び声をかける。


「リナ。人のことは殴っちゃだめだろ?」
「そんなの知らないもんっ!」
「知らないわけないだろ」
「知らないったら知らないもんだっ!」

 
 たく、意地っ張りだよなぁ・・・


「ほら。赤ん坊じゃないんだから。いつまでも拗ねてるんじゃないよ、リナ」

 オレの言葉に、リナはばっと振り返る。
 勢いが良かったため、リナの髪がオレの顔に直撃した。
 ・・・って痛ぇよコレ。

「拗ねてないもんっ! 怒ってるんだもんっ!」
「どっちも同じだろ?」
「ちーがーうっ! 子供じゃないんだから、拗ねたりしないもんっ!
 ガウリイはクラゲだからちがいがわかんないのっ!」
「・・・わーったわーった」


 オレは、こっそりため息をつく。

 
 子供じゃないって・・・・・・充分子供だと思うんだけどなぁ。


 いくら大好きだからって―――約束してたって言っても。
 兄ちゃんが自分おいて出かけちゃっただけでこんなに拗ねるって・・・・・・
 これって充分子供だよなぁ・・・


「リナ。お兄ちゃんは仕事があるんだから、仕方ないだろ?
 あと何日かで帰ってくるんだから・・・・・・べつにいいじゃないか」
「だって! 今日は、あたしとお出かけしてくれるって言ってたもんっ!」
「急にゼラスさんから電話が入ったんだ。ゼロスだって好きでおまえとの約束破ったわけじゃないだぞ?」
「だけど約束してたもんっ! 破ったのお兄ちゃんだもんっ! あたし悪くないもんっ!」

 いやあの、そんなに『もん!』って連呼されても―――

「リナは悪くない。それはオレも認めるよ。
 だけど、ゼロスも悪くないだろ? 仕事なんだから」
「悪いもーんっ!!!」
「・・・・・・リナ」


 ・・・・・・普段はホント、いい子なんだけどなぁ。
 意地っ張りっつーか何つーか・・・・・・こいつも気が強いしなぁ。

 だけど、怒って泣かすのもイヤだし。
 となるとオレは、優しく言って聞かすしかなくって。


「リーナ。いい加減にしないと、オレも怒るぞ?」

 ためしに、そう言ってみたんだけど。

「ガウリイが怒っても怖くないもん。ガウリイクラゲだから」
「おい」

 どーゆー理屈だそれはいったい???

 そりゃオレ、もう日本に来てからだいぶ経つのに、まだ日本語書けないし。
 記憶力もないし、人に言われたことはすぐに忘れるし―――
 だけどクラゲってのはあんまりだと思うぞ。


 ・・・と、そんなことを考えていると、リナが立ち上がっていた。


「リナ、どこ行くんだ?」
「お部屋っ!」
 
 怒鳴って、ずんずんと歩いて行く。


 ・・・・・・こりゃふて寝する気だな。


 オレは、こっそりとそう思った。







 昼食の時も夕食の時も、リナはず〜〜〜っとむくれたまんまだった。


「・・・リナぁ」

 声をかけてみるが、反応はなし。
 また癇癪を起こされても困るので、オレはそれきり口を開かないことにした。


「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 二人しかいないテーブルに、沈黙が広がっている。

 ・・・何か、すごい居辛いんですけど、これ・・・


 無言のまま、リナはぱくぱくと皿の上を綺麗にしている。
 機嫌が悪くても、デザートまできっちりと食べるところはあいかわらずだった。


 ・・・・・・はぁ。





「ゼロスぅ・・・早く帰って来いよぉぉぉ・・・」

 机に突っ伏して。オレは思わずそうもらしていた。


 ゼロスがいないのは嬉しい。もうめちゃくちゃ幸せだ。

 何たってあいつ、人を人だとも思ってないし、こき使うし、オレの意見なんてちっとも聞かないし。
 その上あの年で酒なんて飲み放題だし、何かあるとオレに八つ当たりだし。
 ゼロスが無条件で優しいのは、ホントに、リナだけで。
 あいつこそ、正真正銘『二重人格』の名にふさわしい奴だと思う。

 だから、『ガウリイさんはリナさんの面倒を見てて下さい』って言われた時は、助かったと思ったんだけど・・・・・・


 機嫌の悪いリナの相手するのって・・・・・・ある意味すごい疲れるんだよなぁ(遠い目)


 ゼロスの場合は、べつに方って置けばそれで済むんだけど。
 リナを放っておくって言っても、気になってしかたがないし・・・・・・

 ふっ、やっぱオレってば、根本的に世話好きなんだよな。


 さて、明日はどうやってリナの機嫌をとろうか・・・・・・

 オレにしては珍しく、考え事などをしていたところに、小さな足音は聞こえてきた。
 オレの部屋は、万が一のために、防音などにはなっていない。
 だから、普通に外の物音なども聞こえるのだ。

 んで、この足音はっと・・・


 ベッドの上に座ったまま、オレは相手が入ってくるのを待つ。
 が、ためらっているのか、足音はドアの前でとまったまんま、動こうとしない。

 ・・・ふう。


「リナ、何してるんだ? 用があるなら入って来い」

 できるかぎり優しげに、オレはそう言った。

「・・・ガウリイ?」

 
 予想通り、入ってきたのはリナだった。

 風呂上りなのか、豊かな栗色の髪は水気を帯びて。
 着ている物は、淡いピンク色のネグリジェだ。
 両手で抱いているのは、くたっとしたクマのぬいぐるみ。

 はっきり言って・・・・・・めちゃくちゃ可愛い。

 いっそのこと、この可愛さは犯罪レベルとでも言うべきだろうか?
 昼間、あんだけ苦労させられたのに―――もうそれすらもどうでも良くなってしまいそうだ。


「どうしたんだ? リナ」
「・・・あのね、寝れないの」
「寝れない?」

 ふと、時計を見る。
 今の時刻は十時過ぎ。―――まあ、いつものリナならベッドに入っている時間だ。


「・・・ゼロスがいないの、そんなに不安か?」
 オレの言葉に、リナの大きな瞳がゆらりと揺れる。
「ああ、ほら。それぐらいで泣くなって」

 両手を軽く広げる。
 とことこと歩いてきたリナが。
 ぽすっと、オレの腕の中におさまった。


 ・・・独占欲の塊のゼロスに見られたら、半殺しの目に合わされることまちがいなしの体勢だけど。


「ゼロスは、すぐに帰ってくるよ」

 背中をぽんぽんと優しくたたきながら。
 リナは、うんともすんとも言わない。ただ、えぐえぐと泣いている。


 
 リナが泣くのも・・・・・・まあ、無理はないことなんだと思う。
 赤ん坊の頃、親に捨てられて、そして孤児院に引き取られたリナは。
 そこの『家』では―――それなりに、愛されて育てられたらしい。
 だけどやはり、本当の家族がいないとゆうのは、辛いのだろう。
 『捨てられた』とゆう過去を持つ少女は。
 何よりも・・・人に嫌われることを。捨てられることを恐れていた。


 普段は明るくて、元気で。うるさいぐらいにはよくしゃべって。
 だけどたまに、ふとした拍子に見せる暗い表情。
 少し、ゼロスが出かけるだけでも、すぐにそれは出てくる。


 もう、ゼロスは戻ってこないんじゃないのか。
 また、捨てられるのではないのか。


 そんなことは絶対にありえない。リナを溺愛しているゼロスを見れば、そんなの一目瞭然だ。
 リナも、きっとそれはわかっている。理解している。
 けれど、頭ではわかっていても―――心は、それに、ついて行かない。
 不安に、恐怖にかられて。不安に、恐怖に捕われてしまう。


 不安になってしまうぐらい。恐れてしまうぐらい。
 リナにとって―――ゼロスは、大切な相手なのだろう。
 恐らく、本人は自覚していないだろうが・・・ただの『兄』以上には。



「大丈夫。大丈夫だよ」

 我ながら、何て頼りがいのない言葉だとは思ったけど。
 だけど―――これしか思いつかないのだから仕方がない。

 オレの胸に顔をうずめて、リナはぐすぐすと鼻をすすっている。
 
 それからしばらくして、そろそろ落ち着いたかな、と思った時。
 リナが、顔をあげた。双眸は涙に濡れているが・・・もう泣いてはいない。


「・・・落ち着いたか?」

 こくりとうなずく。
 しおれている髪も、まるでリナの今の心境を現しているかのようで。


「今日はここで寝な。ずっといてやるから」
「ガウリイと・・・?」
「イヤか?」

 ふるふるふるっ

「ガウリイクラゲだけど、好きだもん」
「そっか」

 だけどそのクラゲは余計だって。


「寝る前にホットミルクでも飲むか? 眠れるぞ」
「ううん、もう寝る。眠くなったから大丈夫」
「くますけもいるしな」

 オレの言葉に、リナはくますけをぎゅうっと抱きしめる。

 それ・・・外でやったら、絶対に危ない趣味の親父に攫われるよな・・・・・・


「じゃ、ベッドに入りな。オレはまだ起きてるけど、部屋にいるから」
「うみゅ」
 くますけを抱きしめたまま、リナはベッドにごろりと横になった。
 オレは、布団をかけてやる。

 電気を消して、枕もとのスタンドをつける。
 暗くなった部屋で。オレは、リナの頭をくしゃくしゃっとなでて。


「じゃ、お休みな、リナ」
「・・・おやすみなさい」


 願わくば、いい夢が見られますように―――












 五日後、リナは寒い中、朝からずっと庭にいた。


「まだ寒いから、中で遊びな、リナ」
 あまり体が丈夫でないことを知っているから、オレはそう言ったのだけれど。

「やだぁぁっ!」
 すぐさま、リナの否定の声が上がった。

 
「寒くないもんっ。あたし、外で遊んでる」
「風がまだ少しあるだろ。ただでさえ、おまえ、風邪ひきやすいんだぞ?
 いい子だから、中で遊べ、な?」
「ラウといるから大丈夫! ラウ、温かいもんっ」

 そう言って、ぎゅっとラウシャンを抱きしめる。

 ったく、しかたないよなぁー・・・


 今日はゼロスが帰って来る日。
 どーせお兄ちゃん大好きっ子のリナのことだから、お迎えしようとでも考えてるんだろうけど。


「じゃ、寒くなったらすぐにでも中に入れ。いいな?」
「は〜い」
 今度はいい返事。
 オレは苦笑して、窓をしめた。



 それからしばらくしてのことだった。
 廊下から、にぎやかな足音が聞こえてきて。

「ガウリイーっ。お兄ちゃん帰ってきたぁっ!」

 もう、嬉しくて嬉しくて仕方がないといった感じの笑顔。

「ただいま、ガウリイさん」
「よ、お帰り。お堅いパーティはどうだった?」

 
 リナの手前、元気そうなフリを装ってはいるが、ゼロスが相当疲れているだろうことはわかった。
 わかっていたが・・・オレはわざと尋ねているのだ。もちろん、嫌がらせ。


「・・・すごい楽しかったですよ」

 ゼロス。顔がひきつってるぞ?


「ねー、お兄ちゃぁぁん。お土産ってなぁに? なぁに?」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、リナが言う。

 お土産・・・・・・やっぱり買ってきたな、ゼロス。
 こいつのことだから、絶対にそうだろうとは思ってたけど。


「はいはい。今あげますよ」
 小さく笑って、使用人が運んできた白い箱を、そっとリナに手渡す。
 何だか、やたらとでかい箱だけど・・・?

「わ〜いっ」

 声をあげて、てててっとソファまで走っていって。
 ぼすっと座って、リナは箱をあけて。


「ふえっ?」


 ・・・ふえっ? 


「あ〜〜〜〜〜〜っ!」


 ・・・あ〜〜〜、って、何なんだっ?


「お、おい。リナ?」
「すごーいすごーいっ。動いてるっ、可愛い〜〜〜〜っ!」
 きゃっきゃ、と嬉しげな声をあげて。

「白いよぉ、もこもこしてるっ! ちっちゃい!」

 ・・・いやだから何だよいったい?

「気にいって下さいましたか?」
「うんっ。気に入った。ありがとお兄ちゃん!」
「・・・おーい」

 ぼそっとつぶやいたオレの声に、リナはかむかむと手招きをする。

「ねっ、ねっ。ガウリイ、見て見てっ。ウサギさんだよぉ」
「ウサギ?」

 箱の中をのぞいてみると。
 なるほど。そこにいたのは、たしかに本物のウサギだった。
 手の平にのるぐらいの大きさの、真っ白なウサギ。
 目はくりっとしていて、何とも可愛らしい。
 これは・・・たしかに、ウサギのぬいぐるみ好きなリナにぴったりである。


「ね〜、可愛いでしょ♪」
 満面の笑顔でリナ。
「ああ、良かったな」

 ラウもいるけど・・・・・・まあ、リナならちゃんと世話もするだろう。


「リナさんには、ずっと留守番させてましたからね。
 約束も破ってしまいましたし・・・・・・ああ、そう。今度の日曜こそ、一緒に遊びに行きましょうか?」
「遊びに? お兄ちゃんと?」
「ええ。どこでもいいですよ。リナさんの好きなところで」
「好きに? え〜っとね、遊園地ーっ!」
「わかりました。じゃあ、二人で行きましょうね」
「うんっ。お兄ちゃん大好き〜!」
「僕もリナさんが好きですよ」




 ・・・・・・二人の周りだけ、花がとんでるように見えるのは、オレの気のせいか?




 と、リナがくるりと振り返った。
「あ、ねぇねぇ。ガウリイも一緒に行こ?」
 そして、明るい声で・・・・・・って。

 ・・・・・・オレも、一緒に・・・・・・?

「ね、ガウリイも一緒に行こ。遊園地、ガウリイも好きでしょ?」
「え? ああ、そりゃ、その、好きだけど―――」


 ゼロスが・・・・・・睨んでるんですけど・・・・・・


「ガウリイ、どしたの? 行きたくないの?」
「いやその・・・・・・ゼロスが・・・・・・」
 
 きょとん、とゆう顔をして。
 リナが、ゼロスに顔を向ける。

「お兄ちゃん。ガウリイ、行っちゃダメなの?」


 リナが振り向くと同時に、にこやかな笑顔を浮かべるゼロス。
 さっきまでの、オレを睨んでいた様子はカケラもない。
 ・・・・・・ほんっと、すごい奴だよな、こいつ。


「・・・ガウリイさんですか?」
「うん。みんなで行った方が楽しいよぉ」
「そうですねぇ・・・」


 つぶやきながら、ゼロスの目は充分すぎるほどに語っていた。
『おまえなんか来るな。おとなしく留守番してろ』と。


「ね、いいでしょ? お願い。お兄ちゃーん」



 おっ、出たっ! リナの必殺攻撃っ!
 腕にぎゅってしがみついて上目使いっ!

 この攻撃に勝てる奴は、冗談ではなくこの屋敷中にはだれもいない。
 オレもそうだし、天下無敵のゼラスさんだって、リナには激甘だ。


 そして―――・・・・・・ゼロスも。



「・・・わかりました。じゃ、三人で行きましょうね」

 リナにはわからないように、小さく、ため息をついて。


「わ〜いっ。遊園地だぁ♪」

 上機嫌といったリナの笑顔を見て。
 オレ達は―――同時に、苦笑する。





 
 オレ達の、わがままで、それでいて可愛いお姫様。
 この小さな少女には、きっとずっと、振り回されていくのだろう。

 恐らく、永遠に、敵わない・・・・・・そう、思ったのだった。


 作者サマより。
再びこんな愚作を送ってしまって申し訳ありません〜〜〜!
もう、言い訳の言葉もないぐらいです。すみませんすみませんすみません・・・(繰り返し)
初めは、ただのガウリイサイドのお話だったのですが・・・ふと、『りらくぜいしょん』に通じるのでは? などと思ってしまい。
そして急遽、続編となったのであります(何て計画性のない私・・・)
個人的には、拗ねているリナちゃんが可愛いような気がしたのですが・・・ど、どうでしょう?(汗)
お気に召しませんでしたら、どうぞそのままゴミ箱に直行して下さい。全然OKですから♪



サオリさまより。
素敵な作品ありがとうございました。



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