星の花


リナ・インバースは心配していた。

子供達だけで森に遊びに行くと言ったので,くれぐれも日暮れまでには帰ってくるようにと言ったのだが,夜になっても帰ってこない。

「・・・・・・遅いわ。何かあったのかしら・・・・。」

「まあまあ,リナさん。ゼナスも一緒なんですから。大丈夫ですって。」

「あの子はまだ9歳よ?他の子に比べたらしっかりしてるけど・・・まだ空間だってろくに渡れないのに・・・。やっぱり探しに行った方が良くない?」

「まだ迷ったとも限らないだろう?あいつらの事だ,時間を忘れて遊んでるだけだって。」

ゼナス9歳,ガル6歳,リウナが3歳の時のことだった。



その頃。暗い森の中で、ゼナス達はリナの心配した通りに道に迷っていた。

「兄ちゃん。ここさっきも歩いたところだぜ?」

「おかしいな・・・・。僕の理論上こっちに来れば抜けられるはずだったんだけど・・・。」

そう言いながら二人は一本の大きな木の下で立ち往生していた。

折悪しく雨が降り始め,遠くでは雷が鳴っている。

三人は村の子供達からこの辺では珍しいスター・フラワーの咲く場所を聞いたので,花を摘みに来たのだった。

スター・フラワー。ここよりも北の地方でよく見かける花で,星のような形をしているだけでなく,夜になると星のように淡い光を放つところからこの名前がついている。

花を無事に見つけ,さあ帰ろうという段になって道に迷ったのだった。

「ゼナスにぃ,ここどこぉ?」

「大丈夫だよ,リウナ。すぐに帰れるよ。」

言いながらもゼナスは焦り始めていた。

実は三人は家からそう遠くないところをうろうろとしているだけなのだが,そんな事がこの暗い森の中,しかも十にも満たない子供達に分かろうはずもなかった。

そのうえここには前々からオークや邪妖精と言った一般人から見ればかなり物騒な連中が住んでいると言う噂だった。

リナはあまりその噂をあてにはしていなかったようだが。雨がいっそう激しくなってきた。

「仕方ない,歩いてばかりいてもしょうがないし,少しどこかで休もう。」

そう言ってゼナスはあたりを見回すと、小さな崖になっている岩壁を見つけ二人を連れて行った。

「こんな所でどうするつもりなんだよ。」

「前に一度お母さんが見せてくれた魔法があって,やってみようかなって思ってたんだ。」

そう言うとゼナスは壁に手をあて,小さく呪を唱えた。

「地精道!」

ゼナスの『力ある言葉』に答え,岩壁が抉り取られていく。

あっという間にそこには子供が三人ほど潜れるような空洞が出来上がった。

しかし,ゼロスとリナの子供ゼナスの力,推して知るべし。

術の構成を教えられていたとは言え,リナの術を見ただけで使ってしまうとは。全く末恐ろしいガキである。

ズドォォン!!

三人がその洞穴に入った途端背後で凄まじい音がした。

彼らが今まで雨宿りしていた木が落雷のショックで弾けたのだ。それを見て呆然とゼナスが呟いた。

「・・・・・危ないところだったね。」



「・・・・やっぱり心配だわ。あたしちょっと見てくる!」

そう言って出て行こうとしたリナの手を二人が慌てて掴んだ。

『ちょっと待った!!』

「・・・・何よ?」

「貴女は風邪を引いていたと僕は記憶しているんですが?リナさん。」

「そうだけど?」

「そうだけどじゃない。お前、こんな雨の中うろついてまた熱出す気か?」

「もう熱も下がってるし,平気よ。」

「平気じゃないです。僕達が探してきますから,大人しく待っていてください。」

「・・・・・あの子達の母親はあたしよ!あたしも行く!」

「女性は男に任せて家の中で大人しくしてるもんだ。行くぞ,ゼロス。」

「はい。」

そう言って二人は扉に向かった。

「・・・・・ねえ。やっぱりあたしも・・・・。」

言うなり二人が振り返って叫んだ。

『絶対ダメ!!』



雨はますます激しくなってくる。これでは帰るのも難しいだろう。

魔族であるゼロスの子供のゼナスには空間を渡る力が備わっていた。

しかし幼いせいかまだ力が不安定なのだ。

こんな時に使っては二人をより危険にさらすことになりかねないし,異空間の中で迷子になっては目も当てられない。

かと言ってこのままじっとしているわけにもいかない。ゼナスは困っていた。

「兄ちゃん,俺達大丈夫?ちゃんと家に帰れる?」

そんなこと僕に聞かれても困るんだけど・・・とは言えず,ゼナスは曖昧な笑みをガルに向けた。

「大丈夫。ちゃんと家に帰れるよ。僕がいるもん。」

ついに限界に来たのかリウナがすすり泣き始めた。

「おかあさん・・・・どこぉ?おかあさん・・・・。」

「泣かないで,リウナ。大丈夫だよ。すぐにお母さんに会えるって。だからもう少し頑張ろう、ねっ?」

泣かれてはたまらないと思ったのか,必死でゼナスがあやす。

心の中ではしっかり,泣きたいのはこっちだよ・・・・と思いつつ。

実はゼナスも心細かったのだ。しっかりしているふうに見えても,まだ9歳の子供である。

ガサッ・・・・。

目の前の茂みが音をたてて揺れた。

母親達かもしれない。そう思った三人の前でその黒い影は大きな咆哮を上げた。

ウオオオォォォ!!

オークである。ゼナスは雨の中立った。と,ガルが近くの太い木の枝を正面に構えた。

「・・・・ガル。お父さんから剣を習っていたよね。どれくらい使えるの?」

「・・・・・・・ちっとも。」

「えええ!?ダメだよ!!」

「って言うのは冗談で。・・・・・邪妖精は練習に何回か。でもオークは初めて。」

練習で邪妖精をぷち倒す6歳・・・・う〜みゅ,つくづく末恐ろしいガキ共である。

「・・・・僕も邪妖精は相手にしたことはある。後、ゴブリンと、魚人と・・・・。でもオークは僕も初めて。」

「お互い様だな,兄ちゃん。」

「本当だね。リウナはそこでじっとしていてね。・・・来るよ!」

先に動いたのはオーク。こちらに向かって突進してくる。後ろにはリウナがいるのでよけることは出来ない。

ガルが動いた。迫りくるオークの腹を真っ直ぐに突いてみる。

しかしやはりと言うか何と言うかダメージはあまりないようだ。

背後に立ったガルに怒り狂う獣が爪を振り上げたその時。

「氷の矢!」

何本かが目標を捕らえた。それにも構わずオークは爪を振り下ろした。

間一髪で直撃は避けたものの,ガルの持っていた木の枝はオークの爪の餌食となって粉々に粉砕された。

「ガル!戻って!」

ゼナスの声にガルは慌てて洞穴のリウナの傍に駆け寄る。その瞬間ゼナスの魔法が炸裂した。

「破弾撃!」

もともとこの技,一つの紅い球体を相手に向けて飛ばすものなのだが,いかんせんその大きさや威力は術者の能力に比例する。

9歳の子供であるゼナスの放った技がどれだけ通用するか。

・・・・あ、やっぱし。彼が作り出した光球はふよふよと宙を漂っている。

大きさはと言えば小柄な成年女子の頭ほど。威力の程は不明だが,この分では度が知れていると言うもの。

だが,この技は今のところゼナス君の最大奥義だったりする。

「何だよ!兄ちゃんの奥義ってあれだけ!?全然ダメじゃないか!もっとこうどっか〜んってするのないの!?」

「ない!これもお母さんとお父さんのを見る限りどっか〜んってするの!」

「してないじゃないか!!」

「・・・・・・これからする予定!」

「・・・・・・・うそつき。」

「うそじゃない!・・・・ようにこれから努力するの!!」

さて。ゼナス君の放った破弾撃はかなり頼りなげに宙を漂ったものの何とかオークの頭のあたりに激突して破裂音を上げた。

・・・・・・・・ぼしゅっ!

かなり予想していた音とは違うが,それでもオークはよろめいた。

おそらく木製のバットで頭を思いっきり叩かれたような衝撃が彼を襲ったはずである。

・・・・・金属バットでないのが悲しい。

その攻撃も彼には通用せず,逆に怒りを煽ったように思われた。

「兄ちゃん!?どうするの!?」

魔法は通用せず,かと言って剣代わりの木の枝も効果なし。

「ど,どうするったって・・・・。そうだ!お母さんかお父さん達を呼べば!」

「それが出来たらとっくにしてるよ!!」

「そっか。ん〜と、ん〜と・・・・。」

リウナは恐怖のあまり声も出せない。じりじりと追い詰められていく。

オークが腕を振り下ろした。かろうじて避けたものの,すぐに体勢を立て直したオークは再びこちらに向かってくる。

後ずさるゼナス達と追い詰めるオーク。思わず目を閉じるゼナス達。もうダメかと思ったその時!!

「破弾撃!」

リナの放った破弾撃がオークの後頭部に直撃した。たまらずオークは倒れ付す。

「ふう・・・。皆,無事?」

『・・・・お母さん!!』

皆が一斉にリナに駆け寄る。母親に会えた安心感からかゼナスですら泣き声を上げてリナにしがみついた。

「ちょっと・・・・。っ!話は後よ。まずこいつを何とかしないとね。」

リナはオークの背後に子供達がいたので思うように力が出せなかったのだが,もともと大した威力を持たないものだったので,獣を気絶するまでにしていたのである。

その獣の爪がリナの足を掠めたのだった。足からじわりと血が滲み出す。

「お母さん・・・・。」

心配そうなゼナスにリナは微笑みかけると,子供達を後ろ手にオークと対峙した。

「大丈夫よ,ゼナス。すぐに来るから。」

「・・・・・何が来るの?」

「・・・・ほら。来たわ。」

リナが最後まで言い終えるまでもなく二つの影が地面に姿を見せた。

「あああ!!リナさん!あれほど家の中で大人しく待っているようにと!そう言いましたのに!!」

「お前は風邪をひいてるから!家に残ってろって言ったのに!」

「・・・・ゼロスお父さん?」「・・・ガウリイ父さん?」

「おとうさん?どこぉ?」

二人ともリナの無断外出に心底腹が立っているようである。

「ま,まあ・・・それよりも!あっちを何とかするのが先よ!」

今の今までその存在を忘れられていたオークが再び雄叫びを上げて彼らに襲いかかろうとした。

ぐがおお・・・・・ぴた。

「・・・・・・五月蝿いですよ?貴方。こっちは取り込んでいるんですから後にしてくれますか?」

「そうそう。でないと今ここで死ぬことになるぜ?」

ゼロスが杖の先端を,ガウリイが剣の切っ先をオークの喉に押し当てたのだ。

「・・・・・・お父さん達すごい・・・・。」

何がすごいってオークを貴方呼ばわりしたゼロスと,ガウリイが剣を操るその素早さがだろう。

二人の殺気を微塵も感じさせない行動もすごいが。

剣を喉笛に突きつけられてはオークも動く術がない。

大人しくなったのを見てゼロスとガウリイは再びリナを責め始めた。

「大体ですね。リナさんはいつもいつも・・・・くどくど。」

「そうだぞ。お前,この間もだな・・・うんたらかんたら。」

オークはしばらくの間お小言をしょげているリナよろしく聞いていたが,自分のことを思い出して欲しかったのか,はたまた我慢し切れなかったのか剣を掴み投げ出すと再び暴れだした。

だがガウリイとゼロスは驚いた様子もなくまた溜め息を漏らした。

「また貴方ですかぁ?だからさっき五月蝿いと言いましたのに。」

「俺達の説教が終わるまでの間だけでも静かにしてくれればいいものを。」

リナは何とかこの説教地獄から抜け出そうと考えていたが,ふとあることに気付くとその場にうずくまった。

「リナさん?どうしました!?」

「・・・・さっき足をちょっとね。」

そう言うリナはスカートが破け,白い足からは一筋の赤が見えた。

「・・・・・ほほおぅ?」

「どうした?ゼロス?」

そのにこにこ顔が怖いって,ゼロス。

「・・・・ガウリイさん。どうやらリナさんがオークの爪でお怪我をなさったようですよ?」

「・・・・・ほう。するとゼロス。俺達にこいつを見逃す理由はどこにもないと。」

「そう言うことになりますねえ。」

・・・どうやらリナの思惑は見事に当たったらしい。二人はオークににじり寄っている。

オークの顔に冷や汗がにじみ出ている。

どうやら彼にも触れてはいけないものに触れてしまったことだけは分かったらしい。

今度はオークが追い詰められる番だった。

「二人とも。そんな奴相手にしていてもしょうがないでしょ?さっさと帰るわよ。」

リナの一言にゼロスとガウリイは顔を見合わせるとオークに向き直った。

「運がいいな,お前。今日は見逃してやる。今日はな。」

「もし今度僕達家族の前に姿を見せたらただじゃおきませんからね。」

・・・・オークにそんな殺し文句が分かるのか?

ゼロスが杖を掲げると場に数本の氷の矢が出現した。

無造作に杖をひょいと振ると氷の矢が追い立てるようにオークに向かう。慌ててオークは逃げ出した。

・・・リナに傷をつけたばかりに氷の矢に追いまわされるはめになろうとは。哀れ。オーク君。

その後ろ姿を見送ると、またもにこにこと笑ってゼロスは言った。

「あの矢は当分あのオークを追い掛け回しますよ。・・・さ,僕達は帰りましょうか。」

「ああ。ほらゼナス,ガル,リウナ。立てるか?・・・・リウナは寝てるな。仕方ない。」

そう言うとガウリイは眠っているリウナを背負うとガルとゼナスと手を繋いだ。

「リナさんはこっちです。」

「え?わきゃっ!」

軽々とゼロスはリナを抱き上げると家に向かって歩き始めた。

「ゼロス!歩ける!歩けるから降ろしなさい!」

「ダメです。足を怪我しているんですよ?そんな状態で歩かせたら男として恥です。」

「そう言うものじゃないでしょ!こら!降ろせ!降ろしなさいってば!」

ぽつりとガウリイが呟いた。

「・・・・また説教するぞ?」

「うっっ!!・・・・・分かった。」

そして家族は帰路についたのだった。



そして。家では子供達へのお説教が待っていた・・・・・と覚悟していたのだが,リナもガウリイ達も怒るようなことはしなかった。

いや,怒っていたのだがとりあえず全員無事だったので不問に付したのだった。

「本当に心配したんだから。まあ,何もなくてよかったけど。これからはもっと気をつけなさい。」

「・・・はぁい。ごめんなさい。」

「まあまあ。こうして無事だったんですから。」

「でもなんであんな所に行ったんだ?」

ガウリイの問いにゼロスとリナは首をかしげた。子供達はお互いに何かを押し付けあっていたが,しばらくしてリウナがおずおずと進み出た。

「・・・あのね。おかあさん。」

たどたどしい口調でリナに話すリウナに優しく問い掛ける。

「?なあに?リウナ。」

「あのね。あの・・・・はい!」

そう言って勢いよくリナの前に花束で彩られた小さな手が差し出された。

「・・・・これ・・・。」

「あのね。あのね。これね。すたーふらわーってゆうの。おかあさんに、あげる!」

「なるほど。そう言うことでしたか。」

「可愛いじゃないか。なぁ?リナ。」

二人は何やら納得したようだったがリナには全く分からない。

「・・・・?あのね?リウナ?どうしてお母さんにくれるの?」

「お母さん忘れたの?」

「何を?ガル。」

「ダメだよ。お母さん忘れちゃ。」

「忘れてる?う〜ん・・・何だっけ?ゼナス。」

ガウリイとゼロスは苦笑を漏らす。

「・・・まあ,リナさんらしいといえばらしいですね。」

「しかし普通忘れるかぁ?」

「何が?」

「んとね,んとね,きょうはね。おかあさんのおたんじょうびだよ!」

「え・・・?」

「そうです。今日は貴女の誕生日なんですよ。リナさん。」

「おめでとう,リナ。」

『おめでとう!お母さん!!』

「・・・・そっか。今日はあたしの誕生日だったんだ。・・・ありがとう。三人とも。」

『えへへ〜w』

リナが悲しそうに笑った。その意味に気付いたのはゼロスとガウリイだけだったが。

「・・・と!話がまとまったところで,お祝いといきましょうか。ちゃんとご馳走も用意していますよ。」

『わ〜い!』

子供達は歓声を上げながら食堂へと走っていく。

「やれやれ。おい!ちゃんと手は洗えよ!!」

「じゃあ,行きましょうか。リナさん。」

リナの傷の手当てを終えたゼロスとガウリイが同時に手を差し出す。

それまで何となく花を見ていたリナだったが,花束から二本のスター・フラワーを抜き取ると,それをそれぞれガウリイとゼロスに差し出した。

「・・・・これ,あげるわ。」

「?いいんですか?」

「ええ。」

「でもこれは子供達がお前に贈ったものだろう?」

「いいの。あげる。」

「・・・ありがとうございます。」

「ありがとう。リナ。」

「別にいいわよ,お礼なんて。さ!ゼナス達が待ってるわ!早く行きましょう!」

そう言うとリナは二人の手を同時に取った。

暗い森の傍に佇む一つの小さな家。家の中では楽しそうな明るいお祝いの声が聞こえていた。



「・・・・なんてことをふと思い出してしまいましたよ。」

「そういや,そんなこともあったな。」

「・・・・・・・・おかしいですね。リナさんが亡くなった後に思い出すなんて。」

「・・・・・いや?ちっとも変じゃないさ。」

「・・・・・・ガウリイさん。」

「何だ?ゼロス。」

「スター・フラワーの花言葉知ってますか?」

「・・・・知らない。何かあるのか?って言うかなんでお前そんなもの知ってるんだ?」

「あの花は星に似ているからその名が付けられたんですが,星は永遠に輝きつづけるでしょう?そしてその光は儚い。だけどいつも空にある。花言葉もそこから来ているらしいんです」

「・・・無視かよ・・・。それが?」

「あの花の花言葉は・・・・・・。」



スター・フラワー・・・花言葉『儚い夢』,『永遠に傍にいたい』

        〜〜END〜〜


■作者サマより。
・・・先に言っておきますが、「スターフラワー」などと言う花はどこを探しても無いと思います。
・・・とか思って探してみたらありました。しかもしっかりお花は星の形をしていて可憐。
ぜひ検索してみて下さいませ。ただし、このお話の「スターフラワー」のモデルは「スノードロップ」と言う小さな花です。
花言葉は「希望・慰め」らしいんですけどね。ちなみに本物のスターフラワーの花言葉は「信じる心」とかそう言う感じでした。
ではでは。読んで頂いてありがとうございました。



めぐみサマより。
素敵な作品ありがとうございました。



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