魔性の瞳


-なんでこんな事になっちまったんだ-
稀代の美剣士,ガウリイ=ガブリエフは呆然とつぶやいた。
「・・・リナ・・・・・・・・・・」手には淡い紅色の便箋が握って。
今は姿のない少女の名を愛しさをこめて呼ぶ。
が,その声は決して彼女に届くことはなかった。
なぜなら,彼女-リナ=インバース-はあの男の下に行ってしまったのだから・・・・・・。
そう,獣王ゼラス=メタリオムが配下,獣神官ゼロスの下に・・・・・。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

それはとある町のいつもの平和な1シーンから始まった。
「うっひゃあぁぁぁっっ♪美味しそうっっ!!」
「おお!美味そうだなぁっ!この街一の宿屋って言うだけあるなっっ♪」
ガウリイとリナの叫びに苦笑をもらすアメリアとゼルガディス,シルフィールはいつもの事と諦めていたが,一応忠告することにした。
「食べ過ぎてお腹壊したりしないでくださいね。」
「・・・まあ,お前さん達のことだからいらん世話だと思うがな。」
「分ぁかってるってば!心配無用よ!それにフィブリゾとの戦いの祝勝会でまさか,そぉんな間抜けなことしないわよ♪」
「そうそう!俺達がそんな馬鹿に見えるか?腹いっぱい食うぞぉっっ♪」
「ガ,ガウリイ様・・・程々にしてくださいね?リナさんも・・・」
 じゃんけんの結果,宿代を支払うシルフィールは気が気ではない。
『それではっいっただっきまぁぁーすっっ♪』
数分後,戦場と化した食事風景に見た者は胸焼けを起こし,宿の主は泡を吹き倒れたと言う・・・・・・・。

二時間後,それぞれは思い思いの行動を取っていた。
シルフィールは家計簿と格闘し,ガウリイは何やら珍しく物思いに耽っていた。
また,アメリアとゼルガディスは恋人と共にベランダに出て星を見ていた。
そしてリナは・・・・・ゼロスと対峙していた。
「・・・・出てきなさい,ゴキブリゼロス。」
静寂に包まれた森の中,黒い法衣を纏った男が闇から何処ともなく現れる。
「いやあ,さすがです,リナさん。気付いてらっしゃったんですか。・・・・・でもゴキブリは酷いです。」
「・・・フン。あんたなんかゴキブリ・・・いえ,生ゴミで充分よ。何の用?」
せせら笑うリナにゼロスは深いため息をつき用件を述べた。
「・・・いいですけどね,別に。僕の用件は一つです。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
リナの片眉が話にピクリと跳ね上がる。
「・・・・・それで?あたしがイエスと言うとでも?」
リナの唇が不敵な笑みを形作る。よほど面白い話だったのか。それとも・・・?
「おや・・・。駄目ですか。ま,予想通りですが。」
「当然でしょ?どうしてあたしがあんたと手を組まなきゃいけないのかしら?
・・・・・・・・・魔族のあんたなんかと?」
うっすらとゼロスの目が開かれた。紫紺の,獲物を狙う獰猛な猛獣の,それ。
読めない笑みを浮かべながら彼女の目を見る。
極上のルビーのようにきらきらと濡れ光る,鋭気に満ち溢れた,深紅の瞳。
「・・・・・・・僕といる方が楽しいと思うんですけどねえ。
きっと今よりもご満足していただけると思うのですが・・・?
それに・・・貴女は人間の,あんな男なんかにはもったいないです。」
ぴき。最愛の男をあんな,と言われリナの額に青筋が走る。ゼロスがにこやかに告げる。
「僕も言いたくないですけど,あれでは・・・ねえ?言われても仕方ないと思いませんか?
貴女も日頃言ってらっしゃる事でしょう。「このくらげ頭!」・・・・ってね。」
「・・・・っ!」
言い返せない。何も。
確かにそう言われても仕方ないほど彼は日々を何も考えずに生きているように思われた。
実際にリナもそう思っていたし,「くらげ頭」と言ったことも事実だ。
だが,他人に言われると無償に腹が立つ。
「・・・・あんた,死にたいわけ?」
「あはは。まさかぁ。・・・で,お返事を聞かせていただけますか?。」
「何が目的?・・・・って聞いても教えてくれないでしょうね」
「お見通しですね。申し訳ありませんが詳しくは秘密にさせていただきますよ。
ですが,決して悪いようにはしません。お約束しましょう。・・・いかがですか?」

生ぬるい風があたりを包んだ。
「・・・・・嫌だと言ったら?」
紫紺の目に剣呑な光が宿る。
「貴女の仲間を殺す。・・・・・・・そう言ったらどうしますか?」
「・・・・なっ!」
リナに動揺の色が走った。それを見ながらゼロスはなおも続ける。
「確かに貴女方の力は脅威ですが,だからどうと言うわけでもない。
…それに貴女方といると"負"の気に不自由しないので見逃していますが,上司に「殺すな」という命を受けたのは貴女お一人ですし・・・。
他の方に関しては僕の知ったことではありません。」
ギリッと。リナの噛み締めた歯が鳴る。
「・・・・・それが魔族のやり方?どこまでも卑怯なのね。」
「ありがとうございます。我々にとっては最高の賛辞ですよ。
・・・もっとも,貴女方人間には理解できないでしょうけどね。
・・・・さて,これ以上続けても無駄のようですね。それでは僕は失礼しましょう。」
ゼロスの体が薄れるのを見て,リナは焦った。
「ま,待ちなさい!何をする気!?」
「うーん・・・・・そうですねえ・・・・・さしあたっては宿に行き,お仲間をお一人ずつ目の前で殺して差し上げますよ。」
「!!」
「ああ,安心してください。ガウリイさんは最後にして差し上げます。
僕は美味しいものは最後まで取っておく方でしてね。
・・・・彼が目の前で息絶えた時の貴女の"負"の気はさぞや極上の味がするでしょうねえ。」
リナの拳が震える。脳裏を冷たくなったガウリイ達がよぎる。
実際にそんなことになれば・・・・リナは・・・・・彼女はもはや正気ではいられなくなるに違いない。
「・・・最低。今すぐ殺してやりたいわ。」
怒りが彼女をひときわ輝かせる。茶色く染まった髪が風になびく。
その姿は妖しいまでに美しく,見る者に戦いの女神-アテナ-を思い起こさせた。
その姿と言葉にゼロスがごくりと息を飲む。
「貴女にそう言われるとぞくぞくしますよ。僕の想像した通りですね。
素晴らしいです。まさに極上の味ですよ。
・・・・・これが最後です。お返事を聞かせていただきましょう。」
「・・・・・・・・分かったわ。考えておく。返事は明日の夜にするわ。それでどう?」
「結構ですよ。一応お伝えしておきますが,お一人で逃げようなどと思われないことです。
もしもそんなことをしたら・・・・分かっていらっしゃいますよね?」
目の前の獣は「殺す」と言っている。暗黙のうちに。大切な仲間を。愛しい男を。
「・・・・・ええ。」
「では,明日の夜にお会いしましょう。」
ゼロスの姿が虚空に消えていく。気配が完全に去ったのを確かめてリナは大きく息を吐いた。
ゼロスは言った。-・・・僕と一緒に来ませんか?貴女が欲しい・・・-と。
-何故あたしなんかを?-リナの問いにゼロスは答えた。
-貴女は魅力的です。・・・とてもね。貴女こそ僕の傍にいるに相応しい。-
彼はリナが誘いを拒んだ時,先程言ったことを実行するだろう。
リナは知っていた。ゼロスは脅しで言ったのではないということを。
また,自分がどうすればいいのかということも。
だがそれを考える度にリナの心は沈む一方だった。そして彼女は宿に帰っていく。
木の影からゼロスが興味深げに,また愛しげに彼女を見つめているとも知らずに・・・

リナが去った後,ゼロスは呟く。
「僕の誘いにリナさんが乗ってこられるとは思いませんし・・・。
どうされるおつもりでしょうかねえ?どれ・・・少し覗いてみるとしますか。」
リナの心を覗き見る。魔族であるゼロスにとっては造作もないことだ。
「・・・・・・・・・・・なるほど。やはりそうきますか。」
彼女の心は"負"の気に満ちていた。不安と絶望。
仲間を,愛する者を失うかもしれないことへの恐怖。
そして・・・・何より強く心にあった思いは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死への覚悟。
おそらくリナは,彼女は。死ぬつもりだ。
仲間を巻き込まないために。・・・愛する男を殺させないために。
ゼロスに一矢を報いて。持てる力の全てを使い,それでもゼロスには勝てないだろう。
・・・・・・・・・・だから死ぬつもりなのだ。
このことを悟ったとき彼女の中の一点の光にゼロスは気付いた。
「・・・・これは・・・!?」

光は・・・・・・・・喜びだった。ゼロスの傍にいられることへの。
理由はどうであれ,彼と一緒にいられることへの。純粋な,喜び。
自然にゼロスの口に笑みが零れる。
彼もまた,リナと一緒にいられることに喜びを覚えていたから。
「・・・嬉しいですよ,リナさん。あなたに想われるなんて僕は幸せ者ですね。
まあ,ガウリイさんへの想いも共存しているようですが・・・。そうすると先程の"負"の気は・・・?
・・・・・成程。僕にガウリイさんを殺させないために自分が死ぬ,ですか。
自分が死ねば彼らに危害が及ぶこともないだろうと・・・・・・?
愛する男に愛する男を殺させたくない・・・・。全く健気ですね。
おや・・・?僕に対する気持ちには気付いていらっしゃらないようですねえ・・・・。」
それを知ったゼロスはつまらなさそうに呟いた。その顔はやに下がっていたが。
ゼロスは・・・リナに恋していた。
いつも光に満ちていて,魔族にも決して屈しない強さを持つ,それなのにどこか儚げで脆い部分を持つ少女に。
最初はただの小娘だった。人間というちっぽけな存在の。
だが次第にリナという一人の女自体に興味を覚えた。
まるで蜃気楼の水を欲しがる旅人のように。リナを追い求めるようになった。
「生憎ですが僕は『貴女』が欲しいのであって,『貴女』の抜け殻に用はない。
ですから殺しはしません・・・・・・・。
どちらにせよ,ガウリイさんへの想いがある限り僕のところには来てくれなさそうですねえ。
どうしたものですか・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・そういえば人間はとても弱い生き物でしたね。
少しの刺激であっけなく崩壊する・・・。愛しい貴女には酷だと思いますけどね・・・。
申し訳ありませんが,使わせていただきますよ。
・・・・・どうあってもあなたは僕のところに来ることになります。
楽しみですよ。・・・・・・・・・・・リナさん。」
魔族の姿は,今度こそ。宙に消えた。
そして森はまた元の静けさを取り戻すばかり・・・・・・・。
次の朝。一同は静かに食事をしていた。全くもってリナが何も言わないので。
アメリアとゼルが耳打ちをする。
「どうしたんでしょう。リナさん,何か変なもの食べたんでしょうか?」
「うむ・・・。あいつがここまで大人しくしているとはな。
夏も間近だというのに雪でも降るんじゃないか?」
ガウリイとシルフィールがリナに声をかける。
「あ,あの・・・・・リナさん?」「何。」
「い,いいお天気ですよ。」「あっそ。」
「ど,どうかされたんですか?」「別に。」
シルフィールがため息を漏らす。
「・・・・・・・・ガウリイ様。タッチですわ。」「・・・お,おう。」
そしてガウリイがわざとらしく声をかけた。
「よ,よお。リナ。よく眠れたか?」「そうね。」
「う・・・・・・。お、この飯すっげえ美味い。もらうぞ。」「好きにすれば。」
「・・・・・・・・お前さん,どこか具合が悪いのか?」「別に。・・・・ご馳走様。」
「な,何?もういいのか?」「食欲がないの。」
四人が一斉にリナを見た。リナが「食欲がない」など初めてだった。

部屋にうなだれて戻っていくリナの姿が消えると四人は顔を見合わせ,
「リナさん本当にどうしたんでしょう?・・・元気がありませんでしたが?」
シルフィールが口を開いた。
「・・・・・リナも一応人間だからな。」ゼルガディスがそれに答える。
「ゼルガディスさん,それは言いすぎです!・・・・・・・ガウリイさん!!」「は,はいっっ!」
アメリアに名指しされたガウリイはびっくりして背筋を伸ばす。
「昨日リナさんに何を言ったんですか!?」
人差し指を突きつけガウリイに問う。
「旦那・・・・夫婦喧嘩は犬も食わんぞ。」
「ガウリイ様・・・・リナさんも女の子なんですよ?何を言われたのですか?」
二人がガウリイをたしなめる。
「ガウリイさん?」「ガウリイ様?」「旦那?」
三人三様に攻められ,ガウリイは慌てた。
「待てっ!俺は何も言ってないし,言った覚えもないぞ!?」
じとーっっと。三人の目がガウリイに注がれる。彼等がガウリイを信じていないのは明白だった。
「まあ,リナさんから話してくるのを待ちましょう。心当たりがあれば教えてください。
私とゼルガディスさんは部屋に戻ります。お先に失礼しますね。」
アメリアとゼルガディスが席を立ったのをきっかけに,シルフィールがガウリイに話し掛ける。
「本当に心当たりはないんですの?ガウリイ様?」
「う〜ん・・・・・そうか!もしかして!」
突然の大声にシルフィールは驚く。
「な,何ですの!?何か分かりましたか?」
「・・・・盗賊いぢめに行くのを見つける度に連れ戻したのがまずかったか?」「・・・・はあ?」
「いや,待てよ・・・あいつが楽しみにしていた飯を取ったことかも・・・・?
いやいや,それよりも・・・・・・・」
なおも悩みつづけるガウリイを見て深くため息をつく。
「・・・心当たりが多すぎて分からないんですね。」

がたんっっ!!
二階で起きた大きな物音に驚いて階下でお茶を飲んでいたガウリイとシルフィールは,音がしたと見られるリナの部屋に駆けつけた。
すでにアメリアとゼルガディスが彼女の部屋の扉を叩いていた。
「ゼル!何があった!?」
「分からん!いきなり物音がこっちでしたと思ったら,リナが部屋に閉じこもっちまった!」
アメリアが扉を叩く。
「リナさん!何があったんですか?!リナさん!」
しばらくして,中から返事が聞こえてきた。
「・・・・・・・・・・・・・・何でもないわ。あっちへ行って。」「ですが!」
なおも戸を叩きつづけるアメリアを制して,ガウリイが問い掛ける。
「・・・リナ?どうした?何かあったのか?」
途端。あたりが異様な殺気に包まれた。
「・・・何でもないって言ってるでしょ!!こっちに来ないで!」「!?」
思いもよらずリナの激しい声にうろたえたガウリイが再びリナに話し掛けようとしたが、シルフィールがそれを引き止める。
「今は・・・そっとしておいた方がよろしいかと思います。」


階下のテーブルに集まった四人は困惑していた。
沈黙が続く中,シルフィールがぽつりと言った。
「・・・・・リナさん・・・何かあったんでしょうか・・・?」
「ああ。俺もあんなリナは始めて見た。・・・・・旦那,本当に心当たりはないのか?」
ガウリイは先程のリナの言葉にショックを受けていたが,ニ,三度首を振るとキッパリと言った。
「・・・・・俺にも分からん。何かあったことは間違いなさそうだがな。」
また場は元の沈黙に包まれるかと思われた。が,アメリアが呟いた。
「・・・・・・・・・・そういえば・・・昨日の夜・・・リナさん,どこかに出かけていたようです・・・。
部屋に戻るところで,どうしたのかって聞くと,なんでもないって言ってました。
大した事じゃないって・・・。でもなんだか哀しそうにしていて・・・・。
あの時妙な感じがしたんです。・・・変なことを聞いてくるし・・・・。」
「変なこと?」皆の問いかけにアメリアが頷く。
「・・・・・・この世界が好きかって。・・・・・・皆が好きかと聞かれました。」
「・・・・・お前はなんて答えた?」ゼルが問う。
「もちろん好きだって言いました!当たり前ですって!
・・・・・・そうしたら寂しそうに笑ってました。アメリアにはゼルがいるものねって・・・・。
リナさんは違うんですかって聞いたら,こう答えられました。」
-私もこの世界が好きよ・・・。光に溢れていて・・・。でも暗くなった世界は見たくないわね・・・。-
-・・・?・・・どうしてですか?-
-・・・・・・。あんた達の顔が見れないじゃない。暗くて人がどこにいるのか分からないということは『独り』でいるのも同じ・・・・・。暗闇は『死』と同じようなものだもの・・・・・・。
でも,あたしはまだ,明るい世界を見ていたい・・・・・・。後少しだけ・・・・-
-・・・・・・・リナさん・・・・?それはどういう・・・・・。-
-何でもないわ。もう寝る。おやすみ。-
彼女とアメリアが交わした言葉を聞くと皆黙り込んでしまった。
また沈黙が続く。すでに日は暮れていた。その時。
カタ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
リナが立っていた。慌てて駆け寄る。
「リナ!どうした。どこかに行くのか?」
ガウリイの質問は皆の言葉だった。リナはマントを羽織っていたので。
「ええ。行くわ。・・・・・・・じゃあね。」
リナはドアの向こうに消えた。


四人はリナの後をつけた。どう考えてもリナの様子は普通ではないと思ったから。
彼女は薄暗い森の中を進んでいく。
「リナさん・・・・・どこに行く気なんでしょうか?」
アメリアにゼルが答える。
「さあな。だがこんな森の中だ。ろくな所じゃなさそうだな。」
リナの足が止まった。慌てて近くの茂みに彼らは身を潜めた。
「どうも誰かを待っているようですけども・・・ガウリイ様,どなたを待っていらっしゃるのかお分かりですか?」
「・・・いや。俺にも分からん。」
と。空中から一人の男が現れた。
「あれは・・・・ゼロス!!」
「・・・お待ちしていましたよ。リナさん。早速ですが,お返事を聞かせていただけますか?
僕としては出来るだけ良いお答えが欲しいのですがねえ。・・・・・・僕と一緒に来ますか?
それとも・・・・・・・・・・?」
「なっっ!ゼロスさん・・・・・何てことを!」
四人の顔から血の気が消える。ガウリイが呟く。
「あいつが頷くものか・・・!」
そこにいる全員がリナを注目していた。リナの言葉を。
リナが口を開く。
「・・・・一緒に行くわ。」「・・・・!!」
四人が言葉を失う。ゼロスがほくそ笑む。
「・・・ほう・・・?変更は聞きませんよ?まず理由を聞かせて頂きましょう。」
「簡単よ。あんな連中より貴方のほうが良いから。・・・・・・ねえ?ゼロス。」
「おや・・・・。ずっと旅してきたお仲間じゃなかったんですか?」
「関係ないわよ。貴方のほうが良いから貴方について行く。それだけのことよ。」
その言葉に四人が驚愕する。
「リナさん酷い・・・!」「ずっと一緒にいた旦那まで切り捨てる気か?あいつ・・・・!」
ゼロスが口を開く。ゼルの呟きを聞いたように。
「では,ガウリイさんは?よろしいんですか?」
その質問に全員が注意を向けた。ガウリイはもちろん,皆リナが彼を否定する言葉を聞きたくはなかったから。そう,ゼロス以外は。
「・・・・・・リナ。」ガウリイが祈るように名前を呼ぶ。
「関係ないわね。あんな男。あたしには貴方のほうがずっと魅力的に感じるわ。」
「・・・・・・・・・・・!!」「そんな・・・・!」
四人が絶望に震えている間にも二人の話は続く。
「・・・そうですか。僕を選んで頂いて光栄ですね。
・・・・・・それよりも。そこにいらっしゃる皆さんへのご挨拶はよろしいんですか?」

ちらりと。四人のいる茂みにゼロスの目が行く。
「・・・・・・・・」「出てこられてはいかがですか?」
これ以上潜んでいても意味がないと悟って,茂みから四人が姿をあらわす。
「リナ・・・。」「リナさん・・・・。」
フッと。振り返りもせずリナが笑う。
「・・・わざわざついてきたの。何か用?」
アメリアが抗議の声を漏らす。
「何か用って・・・・!リナさん本気なんですか!?
本気でそんな生ゴミ魔族と一緒に行くつもりですか!?」
リナの目が怒りに燃える。
「あたしはいつでも本気よ。それよりもゼロスが生ゴミ魔族ですって?
あたしのゼロスに酷いことを言うのは誰であっても許さないわ。・・・・・・絶対ね。」
「リ、リナさん・・・・。」アメリアがその場にへたり込む。
ゼルガディスがそれを支えながらリナに問う。
「ゼロスのほうが良いと言ったな?・・・・・・・・お前・・・・ゼロスに何か言われたのか?
いや・・・・・まさか・・・?」
リナが口を開くより早く。ガウリイが吼えた。
「決まってるっ!操られているだけだ!魔族に!お前は!そうだよなあ!?ゼロス!!」
そして、地を蹴った。手には彼の家に伝わるという『光の剣』を握って。
彼女をたぶらかしたらしいゼロスに向かって。ゼロスは微動だにしない。
ガウリイの剣がゼロスを捉えようとしたその時!
「封呪結界(ウインディ・シールド)!」
リナの魔法で魔族と『光の剣』の間に風の障壁が張られ、剣の進入を拒む。
にやりとゼロスが笑う。
「何!?」
「火炎球(ファイヤー・ボール)!」
リナの『力ある言葉』に応えて、小さな炎の塊がガウリイに襲い掛かる。
慌ててその場を飛びのくガウリイ。
「何をするんだ。リナ!」ゼロスを庇うようにリナが立ちはだかる。
「・・・言ったはずよ。ゼロスに手を出すやつは誰であろうとあたしが許さない。
このリナ=インバースがね!!・・・それでもゼロスを斬ると言うのなら・・・・・・・・。
あたしの屍を越えて行きなさい。」
「リナ・・・・。」ガウリイの顔が絶望に歪む。
予想していた展開にゼロスが苦笑を顔に刻む。
「おやおや・・・・・・。リナさん。ここで言い争っていてもなんですから,こうしませんか?
今この場で僕か彼らか,選んでください。もちろんどちらにつくかは貴女の自由です。
・・・・貴女がつく側の近くに来て,相手に攻撃呪文を放つ。これでどうでしょう?
はっきりして良いと思いませんか?」
「ゼロス!何を勝手な・・・・!」ガウリイの叫びをゼルガディスの言葉が抑える。
「・・・・いいだろう,ゼロス。・・・だがな,決めるのはお前だ,リナ。よく考えてくれ。
俺達につくか。・・・・・・・ゼロスにつくか。」
ゼルガディス達とゼロスの顔を交互に見つめていたリナは大きく頷いた。
「・・・・・・いいわ。」
リナを真中に挟み,大きく左右に展開する。・・・・・・・ゆっくりと。
リナが歌うように呪文を口にする。
-四界の闇を統べる王、汝ら欠片の縁に従い、
      汝ら全ての力持て、我に更なる力を与えん-
魔力増幅の呪文を唱えるリナ。そしてゆっくりと歩き始める。
「いけない!アメリアさん,ゼルガディスさん,風を!」
シルフィールが小さく叫び,三人は慌てて風の結界を張るべく呪文を唱え始めた。
彼女が選んだのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・闇をその身に纏う青年だった。
生きとし生けるものの天敵とも言われる,魔族-ゼロス-を選んだのだ。
そしてリナの呪文が完成する。
「・・・・・・・あたしはただ好きな人の近くにいたい。それだけよ。・・・・・・・・さよなら。」
・・・・・-振動弾(ダム・ブラス)・・・・・・・!-
赤の光球がガウリイ達を襲っている間,四人が見たものは黒い法衣でゼロスに抱きしめられるリナと,リナの今は金色に輝く髪の毛に指を絡め口づけをおとす・・・・・・・・・・・・・・こちらをあざ笑うかのようなゼロスの姿だった。
アメリアとゼル,シルフィールの三人がかりで張った結界がその役を終えた時にはリナとゼロスの姿はどこにもなかった・・・・・。


「・・・・・ガウリイの様子はどうだ?アメリア。」
二階から降りてきたアメリアにゼルガディスが話し掛ける。
「・・・・・今は落ち着いて眠っています。
・・・・リナさんの言葉がよほどショックだったんでしょうね・・・・・。」
あの後。リナ達が去ってからガウリイは見ていられないほど取り乱した。
-あいつは操られているだけだ!リナが俺を捨てるはずがない!リナが俺に刃を向けるなど・・・!リナ・・・・。リナ・・・・・!リナーーーっっ!!-
ガウリイの悲痛な叫びは宿に戻ってからも止まらなかった。
今しがたようやく彼は眠りに落ちたのだ。主のいない部屋で。
・・・・・・・リナの温もりが微かに残った部屋で。
リナの使っていた布団に包まって。母親に見捨てられた子供のように。
「そうか・・・・・・。しかしリナは一体どうしたんだ?やはりゼロスに操られていたのか・・・?」
アメリアとゼルが頭を抱える。
「あの,よろしいですか?」「何だ,シルフィール?」
「・・・・・・・・・リナさんは操られてはいませんでした。」「!」
シルフィールの言葉に二人が顔を上げる。
「普通,操られているものの目はどこか虚ろで,多少なりとも本来の輝きを失ってしまうものです。
・・・・・ですが,リナさんにはそれが見られませんでした。
・・・いえ。それどころか普段にも増して生気に満ち溢れていました。」
「シルフィールさん、それって・・・・!」「はい。」
アメリアの言葉に静かに頷く。
「リナさんは・・・・ご自身の意思で,魔族のもとに行ったものと思われます。」
「なんだと!!」ゼルガディスが抗議の声をあげる。
「私だって考えたくはありませんが,そうとしか思えないんです!」
ぽつりと。アメリアが呟く。
「リナさん・・・・。ここを出る時に"行くわ"って言いました・・・・。"行ってくるわ"じゃなく・・・・。
もう戻ってこないつもりだったんですね・・・・・。昨日の言葉も・・・・・あの時には・・・・きっともう決めていらしたんです・・・。」
アメリアの言葉が皆の心に重くのしかかる。
「あの時だって・・・・・・リナさん迷いもせずにゼロスさんのほうに歩いていきました・・・・。
私達のこと・・・関係ないって・・・。リナさんには・・・・私達は・・・もう,いらないんでしょうか・・・?」
アメリアの手が大きく震える。はっとゼルガディスが彼女を見ると,アメリアは必死に涙をこらえていた。
「もういい!アメリア!何も言うんじゃない!・・・・・・もういいから泣くな・・・・・。」
恋人の胸の中で泣きじゃくるアメリアをよそにシルフィールは何かを決意していた。


その頃。ゼロスとリナは暗闇の中にいた。
「リナさん・・・。本当によかったんですね?」「ええ。」
ゼロスは驚いていた。自分の仕組んだこととは言え,思いの外,ことが簡単に運んだから。
     ゼロスは利用したのだ。人間なら誰でも持っている感情を。猜疑心と悲しみを。
アメリアとゼルガディスがあの日,腕を絡めて楽しそうに歩いている姿をリナは見てしまった。
リナにはそのときの二人が。シルフィールとガウリイに見えたのだ。
とっさに部屋に戻った時,リナの心は猜疑心に満ちていた。
-どうしてシルフィールとガウリイが・・・?-
  -あの時,フィブリゾとの戦いが終わった時。ずっと一緒にいるって言ってくれたのに。-
    -うそつき。嘘つき。・・・・・・ガウリイのウソツキ・・・・・・-
リナの心は悲しみに満ち溢れ,今にも壊れそうだった。
許せなかった。自分を裏切った彼が。
音を聞きつけてきたガウリイはのうのうとこう言ったのだ。
-ドウシタ?ナニカアッタノカ?-彼が憎かった。殺意すら覚えた。
そんな時。声がしたのだ。ゼロスならいつまでも一緒にいてくれると。
絶対に嘘などつかないと。・・・・・どんな自分でも愛してくれると。
だからここにきた。だからこそゼロスについてきたのだ。
「貴方なら絶対に傍にいてくれるもの。・・・・・一生・・・。」
「もちろんですよ,リナさん。ずっと傍にいます。・・・・それこそ,永久に・・・・・。」
それはゼロスの純粋な望みだった。ゼロスは悲しみに溢れたリナの心の隙間に入り込んで,
少し修正した。本当に好きなのはゼロスだけだと。愛したのはゼロスただ一人だと。
しかし,ガウリイへの気持ちだけは消さなかった・・・・・・・。
もしも記憶が戻ってしまった時に,いつものようにスリッパで叩かれそうで。
自分の大切な人への記憶を消し去った自分を一生許してくれないだろうから。
だから,それは出来なかった。嫌われるくらいなら滅びた方が良いから。
ただ,ガウリイへの想いとゼロスへの想いを逆転させただけである。
「愛していますよ。リナさん・・・。」今。一瞬だけの儚い夢だったとしても。
魔族であるゼロスにはとても苦しいものだったとしても。彼は幸せだった・・・。
「あたしもよ。・・・・・愛しているわ。ゼロス・・・・。」そしてまた。
魔族である彼に辛い思いをさせてしまうとしても。彼女は幸せだった・・・。
決して交わるはずのない魂が交わってしまったのは。
運命か。必然か。あるいは誰かの手によって故意に・・・?


  作者サマより。
 シリアスでダークです。駄文で申し訳ないですぅぅ。
 短く終わらせるつもりだったのですが,何故か長くなってしまいました。
 リナ,ガウリイの心とは裏腹に,運命の糸はどんどん絡まっていきます。
 ゼロスの目的とはなんでしょうか?そして二人の行く末は・・・?
 すみません,まだ決めてないです(おいっ)というか当分終わりそうにないです。
 出来れば最後までお付き合いいただければと思います。
 また,ご意見やご感想,こうなったらいいなぁ・・・などお願いします。



めぐみサマより。
素敵な作品ありがとうございました。


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