魔性の瞳


次の日の朝。ガウリイを起こしに行った三人がリナの部屋で見たものは。
朝日を浴びて立つ,長い豊かな小麦畑のような金髪と。蒼い海よりも深い色をした瞳を持つ艶やかな青年剣士だった。
すでに旅立ちの準備は終え,いつにない決意を瞳に秘めていた。
テーブルの上にはあの淡い紅色の便箋を置いて。
それを見た三人は,顔を見合わせ-フッと笑みを交わした。
「おはようございます。ガウリイさん。リナさんのところに行くんでしょう?・・・・・・私達も一緒に行っていいですか?」
「・・・ああ。あいつが正気であんなことを言うなんて考えられん。誰かが操っているの違いないんだ。
何がなんでも探し出す。そしてリナをこの手に取り戻す・・・!」
呆気に取られた。三人とも。皆の知るガウリイは「くらげのガウリイ」で,昨日子供のように泣きじゃくったガウリイだ。
ではここにいる男は何者だろうか?まるで黄金色の豹だった。なんてしなやかで,美しい,獣。
「それが・・・・本当の旦那か・・・。」「じゃあ,早速行きましょう!」
「そうだな。だがまずその前に・・・・。」「その前に?」
皆が彼の一挙手一投足に見惚れていた。
「飯を食いに行こう!いや〜腹減って腹減って。・・・ん?みんなどうしたぁ?早く行くぞ。さ〜てっ,飯メシっ♪」
扉にもたれていたゼルがディスはズルッとコケかけ。女性二人は大きなため息を吐いた。
「ガウリイ様は・・・・・シリアスは一分と持たないんですのね・・・・。」


数分後。食事の席でゼルガディスが彼に問うた。
「しかし旦那,あの状況からよく立ち直ったな。どういった心境の変化だ?」
「ああ・・・。実は・・・・この手紙が机の上に置いてあった。」
そう言って男はあの淡い紅色をした封筒を差し出した。その色はリナの哀しげな彼女の瞳と同じ色をしていた。
「ガウリイさん,これは・・・・?」「・・・リナからの手紙だ。・・・読んでみろ。」
アメリアは封筒から便箋を取り出すと,声に出して読み始めた。
「・・・えっと・・・。皆へ。」

-皆へ。あんた達がこれを読むのはあたしがいなくなった後だと思うわ。

落ち着いて欲しいんだけど,あたしはゼロスに手を組まないかと持ちかけられた。

あたしはあいつと一緒に行くことにした。もともとみんなと一緒に旅をするのにはうんざりしてたし。

あいつが何をしたいか興味もあったしね。だからあんた達とは別れる。

言っとくけど!あたしの後を付いてきたりしたら絶交だからね!

ドラグ・スレイブじゃ許さないんだから!・・・・じゃあね。  リナ=インバース-

・・・そこまで読み終えて,アメリアは泣き始めた。
「嘘です!リナさんがこんなことを言うなんて!」
「・・・・落ち着け。アメリア。リナはこれも置いていった。・・・・・俺宛てだ。」
ゼルガディスに手紙を渡す。「・・・旦那。読んでいいのか?」「ああ・・・。」


リナからガウリイに宛てた手紙の中にはこうあった。

-ガウリイ。みんなには言っていないけど,あんたには言っておく。あたしは・・・・死ぬわ。多分。

あいつは・・・ゼロスは。あんた達の命を交換条件にあたしに迫った。殺されたくなければついて来いと。

最初は付いていくしかないと思った。皆があたしのために死ぬことはないと思ったから。

でもあたしがあいつと一緒に行ったからってあいつが何もしてこない保証はない。

けど,あいつは強い。戦っても勝ち目はないでしょうね。だから死ぬわ。ゼロスに傷の一つも負わせて。それくらいの力はあるつもりよ。

あたしが死ねばあいつがあんた達に手を出す理由もなくなるはずだから。

・・・あんたとは長い付き合いだったわね。いつも言いたいこと言いあってきたし。でも一つだけあんたには言っていない。・・・・・ずっと好きだったわ。

頼みたいことがあるの。きっとあんたのことだからあたしを追いかけてくるつもりだろうけど,でも。あたしの後を追いかけてくるのはやめて。あんたにだけは死んで欲しくない。

だけど。もしもあたしがあんた達の前に敵として現れた場合は・・・・・・。迷わずあたしを殺しなさい。

あたしは皆に『暗い世界』じゃなく,『明るい世界』に生きていて欲しいから。だからあたしを殺して。死ぬことなんか怖くないわ。好きな人に殺されるなら本望ってもんだしね。

この手紙はゼロスに操られたあたしが処分しないように,あんたが一人になったときにだけ見つかるようにしておく。

それじゃあ。もう逢わないことを祈るわ。今度逢うときはあたしはあんたの敵になっているでしょうから。

・・・さよなら。ガウリイ。愛していたわ。     リナ=インバース-


「リナさん・・・・・・・。」「あいつ・・・・・そんなことを考えていたのか・・・・・。」
皆が黙るのを見てガウリイが喋り始める。
「俺はこのままじゃ納得できない。だからリナを追いかけるつもりだ。何と言われようとな。俺だってあいつに言ってないことがあるから。あんた達はどうする?この件から手を引くか?」
「あんなことを言われて黙っているなんて,正義の使者,アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンの名が泣きます!それに私はリナさんにずっと笑っていて欲しいんです。ですからご一緒します。」
「・・・・もちろん,俺もな。」
アメリアとゼルは旅に同行することを承知した。
アメリアは,リナにもう一度微笑んで欲しかったから。ゼルはアメリアが心配だったから。
・・・そして二人ともリナとガウリイがこのままでは納得できなかったから。
そのとき,とてもか細い声がした。「私は・・・・・・・・降ります。」
「私には・・・グレイおじ様達を置いてそんな危険な旅に出るなんて出来ません・・・。ですからこでお別れします。」
「・・・・そうか。分かった。お前がそこまで言うなら俺達は何も言わない。じゃあな。」
ガウリイが立ち上がるのをシルフィールが引き止めた。
「待ってください!お話があります。ガウリイ様。・・・申し訳ありませんが,お二人とも席を外してもらえますか?」
「・・・分かった。先に外へ出ている。」アメリアを引き連れてゼルが外へ出て行く。


「話って何だ?シルフィール。」
「私は・・・リナさんが何故変ってしまわれたのか知っています。」「・・・何!?」
シルフィールの口から出たのは驚くべき言葉だった。
「お話とはそのことです。ですが・・・・お話の前に聞いておきたいことがあります。」
「・・・?」シルフィールの目はいつになく真剣だった。
「・・・私はガウリイ様をお慕いしています。サイラーグの英雄としてではなく,男性として・・・。貴方にとってリナさんは一体どういう存在なのですか?私では駄目なのですか?・・・もし駄目だと言うなら,その理由を教えてください。」
「・・・シルフィール・・・?」思いもせぬ告白にガウリイは驚いていた。
「・・・私がお嫌いですか?」「・・・いや。そんなんじゃない。」
「では,リナさんのことは忘れて私と暮らしてください。・・・・・そう言ったらどうしますか?」
「・・・・悪いが・・・,それは出来ない。」「・・・・・・・・・どうしてですか?」
ガウリイは断言した。何故か?それは・・・・。
「シルフィールは嫌いじゃない。どっちかといえば好意を持っている。でも,それは友人としての好意であって,女としての好意じゃない。・・・・・・・・・・お前を女として見ることは出来ない。」
「ガウリイ様にとっての女性は・・・・リナさんですか?」「・・・ああ。」
「・・・・・・あの方のどこにそんなに惹かれましたの?」
どこに?あのリナという少女のどこがガウリイをこんなにも惹きつけて離さないのだろうか・・・?
「・・・・・・分からない。俺はただずっとあいつの傍にいてやりたいって思うだけだ。」
「・・・そうですか・・・・。」シルフィールがあの時決意したのはこのことだった。
リナとゼロスの様子にゼロスが何を仕掛けたのか気付いた彼女は迷った。
ガウリイにこの事を告げるかどうか。リナがこのままいなくなれば,ガウリイは自分のことを見てくれるのではないかと思ったから。あの時のリナを見ていると,とても幸せそうだったから。それが仕掛けられたものだと分かっていても。
それでいいと思った。あの時のガウリイを見るまでは。
彼の悲痛な叫びと,アメリアの二人を思って流した涙に,シルフィールは我に返り自分を恥じた・・・。
なんということを考えたのだろう!なんと愚かで卑怯な考えをしたのだろうか・・・。
そして彼女は決意した。想いをガウリイに打ち明けようと。そして彼の答えに全てを委ねようと。
彼の答えは分かりきっている。でも真剣な思いを聞かないと,彼女のもとに行かせることは出来ない。
彼にとって辛いことになるかもしれないから。
「・・・・・真剣に話してくださって,ありがとうございました。」


「ガウリイ様。落ち着いて聞いてください。・・・・リナさんはゼロスさんがお好きなんだと思います。」
「は?・・・・・そりゃあ,あいつの今の状態を見れば誰でも分かること・・・。」
「そうじゃありません。彼女はずっと彼のことを好きなんだと思います。」「な・・・・。」
「リナさんのあの態度はとてもおかしいものでした。いつもならばガウリイ様に取るはずの行動をゼロスさんに取っていました。いつもの行動から考えると,彼への想いに彼女自身は気付いていないのでしょう。
おそらくこれは推測ですが,彼女は何らかのことで"負"の感情に飲み込まれた時に,ゼロスさんに貴方と彼の感情を逆転されたのだと思います。
ですから・・・・・その・・・・言いにくいのですけれども・・・・・・・今のリナさんにとって,ゼロスさんは何者にも変えがたい存在であり,ガウリイさんは今の彼女にとって,その・・・・・生ゴミ以下の存在だということになっているんだと・・・・・。」
「・・・・・・・・・。俺が・・・・生ゴミ・・・・・。」慌ててシルフィールがフォローを入れる。
「あ,あの,ですが,逆を言いますと今のゼロスさんとの状態は,そのままガウリイさんとのことを指しているということに・・・・・・あの,聞いてますか?」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「あ,あの。では私はこれで失礼しますね。・・・・・・・・・・リナさんを絶対に連れて帰ってきてくださいね。」
まだ放心状態のガウリイを置いて,外に出るシルフィールを待っていたのはアメリアとゼルガディスだった。
「・・・・・行くのか?」「・・・・・はい。お二人のことをよろしくお願いします。」
ゼルガディスの問いにもシルフィールは吹っ切れたような笑みで答え,彼女は街の中に姿を消した。
その姿は颯爽としていてとても彼女らしいものだった。


「それじゃあそろそろ行くか!・・・・と言いたいところなんだが,リナがどこにいるか分からん以上動きようがないんだが・・・。どう思う?ゼルガディス。」
意見をゼルガディスに求める。どうやら頭脳労働を放棄したらしい。
「そうだな・・・・。とりあえず聞き込みしかないだろう。近くで,リナを見たかどうか。それしか出来ることはないだろう。」
とりあえずはそう決まったのだが,ガウリイには言い知れぬ不吉な予感がしていた。
リナは今何をしているのだろうか。思いは愛しい女へと飛んでいく。


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