魔性の瞳


暗闇の中でリナはゼロスの帰りを待っていた。恋人と過ごす楽しい日々を送っていた二人はある日,初めて離れ離れになった。ゼロスは創造主である獣王ゼラス=メタリオムが自分を呼んでいるのに気がついた。
だから彼女にその旨を伝えると何処かに消えた。そして帰ってきたゼロスは深刻な表情をしていた。
「お帰りなさい,ゼロス。・・・?どうしたの?何かあったの?」「・・・いえ。何でもありませんよ。」
そう言ってリナを抱きしめた手は,しかし震えていた。
「・・・獣王にあたしのことを何か言われたの?」「・・・!!」
「人間の女にうつつを抜かすようなやつは知らないとでも言われた?」
何も答えないところを見ると図星のようだ。
「で。どうするの?あたしを殺せと言われた?」
「いえ・・・!僕には貴女を殺すことなんて出来ません。やっと手に入れたのに自分からそれを壊すなんて・・・出来る筈がないです!」
ゼロスは主にこう言われた。
-リナという娘が殺せないなら,元の場所に帰しておいで。もともとお前とあの娘は相容れぬ存在なんだよ。・・・・・いい加減に目をお覚まし。-
「ですから・・・・僕は貴女を帰さなければなりません。」
「そう・・・・。あたしはまた元のように過ごすの?あんたにまた記憶を操作されて?」
「!・・・何故・・・?」
いまやリナはもとのリナに戻っていた。デモン・スレイヤー(魔を滅するもの)と言われたリナに。
「そうね。・・・本当は最初からずっと知っていたのよ?あんたがあたしにしたこと。」
「どうして・・・・今まで・・・・。」
「始めはあんたの仕掛けた罠にモロにはまった。
だからあんたをガウリイと同じ存在だと思い,ガウリイをあんたと同じ生ゴミ以下の存在だと思ったわ。
でもあたしの頭からは,ガウリイの悲しそうな顔が離れなかった。
それがなんなのか考えていたら思い出したわ。ガウリイに向けて出した手紙に何を書いたのか。」
「手紙・・・?」
「あたしはあんたと刺し違えるつもりだった。だからガウリイに遺書を書いたのよ。
ガウリイが好きだってこと。皆の前にもし敵として現れたら殺してほしいと言うことも。思い出したの。全部。
・・・考えてみたら,シルフィールとガウリイが付き合っているなんてあるはずないわ。
あいつはあたしの傍にいてくれると言っていたもの。あれもあんたの仕業ね。」「・・・・・ええ。」
「そうですか・・・。それで?貴女を欺いた僕を殺しますか?」
「あたしをガウリイ達のところに連れて行きなさい。それで滅ぼすのは勘弁してあげるわ。」
その瞬間ゼロスは思った。この気性の真っ直ぐな女性は自分がしたことを一生許してはくれないのだろうと。
もちろん自分がしたことだから言えることではなかったが。
「・・・・・分かりました。ガウリイさん達のもとへ戻せばよろしいのですね?・・・一言だけよろしいですか?」「・・・・何。」
リナの言葉の響きにまたもゼロスは思った。きっと今彼女は自分を冷たい目で見ている。
やはり自分を許してはくれないのだろう。それでもこれだけは言っておかなければ。
「僕は・・・・貴女が好きだったんです。僕のそばにずっといて欲しかった。そのために汚い真似もしましたけれど。
でも!貴女が好きだという気持ちに変わりはないです!・・・これだけは信じてください。」
リナの顔はその表情は伏せられていてゼロスは気付かなかった。リナがとても嬉しそうに可愛らしく微笑んだことに。
「・・・連れて行ってくれるんじゃなかったの?あ,あたしがいいというまで何も言っちゃ駄目よ。あたしに合わせなさい。分かった?」
「・・・分かりました。しっかり掴まっていてください。」
自然と自嘲の笑みが零れた。リナがそんな言葉で心変わりするような女ではないと知っていたのに。それでも言わずにはいられなかった。

「・・・リナさん,どこにもいませんね。」
あれから数日。幾つもの町を捜し歩いたが、リナの姿は見当たらなかった。まるで痕跡を全て消し去ったかのように。
「なあ・・・。このままずっとリナが見つからなかったら旦那はどうするんだ?」
小高い丘でガウリイ達は一休みしていた。
「・・・このまま見つからなかったらか?そうだな・・・・・・。」
・・・・・・ヴン・・・!
「いやあ,皆さんお久しぶりです♪お元気でしたか?」
突然ゼロスが現れた。傍らにはリナもいる。
「ゼロス・・・!」「リナさん!!」「貴様!何しに来た!」
リナの姿に興奮する三人を尻目にゼロスはどこまでも読めない笑みを浮かべているばかりである。
「いえ,実はリナさんにたまには皆さんの姿を見せてあげようかと思いまして。
あなた達も探していらっしゃったようですし,ちょうどいいでしょう?」
異論を唱えようとする二人を手で制し,ガウリイが前に出た。
「・・・リナを返してもらおう。」
「それは出来ないお話ですねえ。もともとリナさんはご自身で僕を選んできてくださったわけですし・・・。
ガウリイさんにお返しするいわれはどこにもありません。まあ,リナさんが帰ると仰ったなら話は別ですが・・・?」
ゼロスの頭は疑問で一杯だった。リナに言われたとおりに振舞ってはいるものの,彼女の意図が全く分からなかった。
「ならばリナと話がしたい。これならお前の判断でどうなることでもないだろう。」
口を開くゼロスにリナが小声で話し掛ける。「・・・・・もういいわ。あんたはここで待っていて。」
「分かりました。・・・・リナさん,何をお考えですか?」「もうすぐで分かるわ。もうすぐ・・・・。」
ガウリイを振り返るとゼロスの前にリナが進み出た。
「・・・いいでしょう。ただしガウリイさん以外その場を動かないでいてください。・・・さ,リナさん。」「ええ。」
リナが一歩二歩とこちらに歩んでくるのを見てガウリイは喜びを抑えきれなかった。


「リナ・・・。」「久しぶりね。ガウリイ。」
思いのたけをこめて名前を呼ぶガウリイの声に,だがリナの声は冷たかった。
「・・・・・・元気だったか?」「ええ。とてもね。」
「何の用かしら?」腕組みをしてリナが立ち止まる。
「リナ。シルフィールから聞いた。・・・お前はずっとゼロスが好きだったんだな。」「ええ。愛しているわ。ずっと前から。」
ゼロスは静かに目を閉じる。この言葉をずっと聞いていたい錯覚にとらわれた。
しかし,この場からすぐにでも立ち去りたかった。
だが,最後まで見届けなければいけない。愛した者の最後になるだろう願いだから。
「・・・俺のことはどう思っているんだ?それが聞きたい。」「・・・別に。ただの相棒よ。元,ね。」
皆が予想していた言葉だった。いや,ゼロスは予想していなかった。
自分の仕掛けが解けたことを皆に告げるのかと思っていたので。
「俺は!何を思ってお前があの日飛び出していったのかは知らない。でも。それでも・・・俺はお前が好きだ。」
「ガウリイさん・・・・・。」「旦那・・・・・。」
しかしそれでもリナは何も言わなかった。「・・・それで?」
「それでって・・・・。いや,あの。お前さんがゼロスに騙されてるの知ってるけど,とりあえずあの手紙を見たからには俺も言うっきゃないだろうなって思ったんだが・・・。」
「何の手紙?」「ほら,あの俺宛てと皆宛てにって書いてあった・・・・・。」
「どんな手紙?」「薄紅色の便箋の・・・。」「いつのこと?」
いい加減ガウリイはいらいらしていた。何故書いた当人にこんなことを言わなければならないのか。
「お前さんがゼロスのところに行った時!テーブルの上に置いてあった!」
「あの手紙を読んだのね?」「ああ!読んださ!だからこうして・・・・って・・・・リナ!?」
「もう一度言うわ。あの手紙を読んでくれたのね?ガウリイ。」
リナは今まで伏せていた顔を上げ,微笑んだ。それはいつもの天才魔道師ではなく,一人の少女としての笑顔だった。
「・・・・正気に戻ったんだな。リナ。」
「あら,いつでもあたしは正気よ。あの手紙を読んだからあたしに言ってくれたんでしょ?それが聞きたかったのよ。騙して悪かったわね。」
「リナ。これは一体どういうことだ?」「・・・・説明するわ。ゼロス!こっちに来なさい。」
呼ばれて歩き出すゼロスを見てアメリアとゼルガディスの一言。
「人間に呼ばれてのこのこついていく高位魔族・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・世界間抜けなものグランプリで優勝するな。」


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