魔性の瞳


リナが呪を唱えると,リナを取り巻く闇が濃くなり,一瞬の後リナは金の光に包まれたまま立ち上がる。と同時にゼロスが地にひれ伏す。ガウリイは何が何だか分からなかったが。
『・・・・・獣神官。よい。面を上げよ。』「・・・・・は。」
「・・・リナじゃない?・・・・誰だ?」慇懃なゼロスの態度にガウリイは困惑を隠せない。
『我はロード・オブ・ナイトメア。王の中の王。全ての母なるもの。お前達が『金色の魔王』と呼ぶもの。』
「金色の・・・魔王・・・?」「僕が名前を呼ぶなどと,おこがましいにも程があるお方です。」
『そう。我は金色の魔王。混沌の中でたゆたうもの。』
リナの中に現れた金色の魔王はうっすらと目を開けた。圧倒的な威圧感に二人が息を呑んだ。
『は〜いっ♪Lちゃんって呼んでね〜♪』
どがしゃああああっっ!!二人はずっこけてしまった。
そんな二人を尻目に金色の魔王・・・もといLは呑気に欠伸をしている。
『いや〜,言ってて肩こったわよ〜。でも一応言ってみようかな♪って思ったからさ〜♪』
「・・・・お,おい。本当にあれがとっても偉い奴なのか・・・・?」「は・・・・はあ・・・。」
『何よ?金色の魔王って偉そうな名前だからってそれらしく振舞わなきゃいけない法律なんてどこにもないわよ!』
混沌の中に法律があるのかなんて最もな疑問はともかく,二人は思った。
さすがリナを依り代に出てきただけあると。おそらくリナの中にでてきたおかげで口調がリナになっているのだろう。
そう思ったのだが,どうやらただの気まぐれだったようだ。
『まあ,冗談はこのぐらいにしておくよ。』
「いや・・・まあ・・・。と,それよりもリナが言ってた約束って何なんだ!」
「・・・・お教え願えませんか。・・・え,L様。」
律儀に金色の魔王をLと呼んだゼロスを見てガウリイは思った。さすが獣神官。
・・・・・・・・・思っていることは的外れだが・・・・。


『約束って言うのは,あんたが獣王に呼ばれている間にこの人間とコンタクトを取った時の事だよ。』
「どうやってだ?」『あたしの子供に頼んだんだよ。フィブリゾにね。』
「獣王様・・・・。僕の足止めのために呼んだんですね・・・・。」
脳裏にはゼラスの意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「・・・フィブリゾって・・・・・。」『誰だとは言わせないよ。お前達が滅ぼしたんだろう。正確にはあたしが,だけどね。』
「何故分かったんだ!?」「ガウリイさん,それぐらい貴方を知ってる人なら誰でも分かりますって・・・・。」
『その約束って言うのはあたしを呼び出すことだったんだよ。』


あの時,ゼロスが獣王に呼ばれたときにリナは闇の中で滅びたはずの冥王フィブリゾに会った。
その体は精神体のせいか透き通っていたが。

―久しぶりだね。リナ=インバース。―

「!フィブリゾ・・・!」

―今日はお使いで来たんだよ。お母様がお呼びだ。―

「・・・・・お母様?」

―そう。全ての源なる母。王の中の王。金色の魔王さ。―

「ロード・オブ・ナイトメア・・・!」

―そんなことはどうでもいい。僕はお前を呼びに来たんだ。―

「あたしを?」

―お母様が呼んでるんだよ。何故か分からないけどね。―

そう言うとフィブリゾは指を鳴らした。闇の中に装飾された窓のようなものが現れる。
そのなかに金色の髪を持つ艶やかな女性が浮かび上がった。
『お前がリナ=インバースだね?』
「・・・・貴方が金色の魔王・・・・。」
『まあ,そう呼ばれることもあるけどね。フィブリゾ,お前はお下がり。』―はい。お母様。―
フィブリゾは虚空に消えた。
『いい子だね。・・・・・話とは他でもない,お前のことだよ。』
「あたしの・・・?」
『はっきり聞くよ。お前,ガウリイとか言う男の事をどう思っているんだい?』
リナの顔が朱に染まる。
「それは・・・・いい奴だなあ,とか・・・・格好いいなあ,とか・・・・・。」
『・・・・よく分かったよ。好きなんだね?じゃあ,ゼロスとか言う獣神官のことはどう思っている?』
「・・・・・・・・ゼロス?」
『お前はゼロスの仕掛けに早くに気付いていたね。それなら逃げようと思えばいつでも逃げられたはずだし,あたしの剣を使って滅ぼすことも可能だった。なのに何故そうしなかったんだい?』
「!?」
『あの時あいつは無防備だった。やろうと思えばいつでもやれた。なのに何故お前を騙した奴にずっと従っていた?』
「それは・・・・。」
『空間を渡れないからなんて言い訳はこの際通用しないよ?どうしてゼロスと一緒にいたんだい?何故あんなに楽しかった?お前は何故今もこの空間であの男を待っているんだい?』
リナは考え込んでしまった。今まで考えたこともなかった。
言われてみればそのとおりである。逃げようと思えばいつでも逃げることが出来た。滅ぼそうと思えばいつでも滅ぼせたのだ。何故そうしなかったのだろう。
そこまで考えてリナはふと思った。しなかったのではなく出来なかったのではないか。
そう考えると今までのつじつまが全て合う。
リナはゼロスにいいように踊らされていても,本気で滅ぼしてやろうなどとは思わなかった。
ガウリイ達の命を盾に選択を迫られ,戦おうと決意した時もゼロスには死んで欲しくないと思った。
今ここにリナの答えがはっきりと形をあらわした。ゼロスから逃げなかった理由・・・・それは・・・・・。
「それは・・・・多分あたしがあいつをずっと好きだったから。どんな形でも一緒にいれて幸せだと思ったから。」
『そうだろうね。・・・それで?ガウリイとゼロス,どっちが好きなの?』
「それは・・・・比べたことがないから分からない。」
クスクスと。楽しそうに金色の魔王が笑う。
『分かりやすい子だねえ,本当に。両方とも大切すぎて比べられないかい?じゃあ、崖から二人が落ちかけていればどっちを助ける?』
次の瞬間リナはキッパリと言い切った。
「ガウリイを助ける。」『ほう・・・?どうしてだい?』
「だってガウリイは空を飛べないけど,ゼロスは魔族だから関係ないし。」
金色の魔王は大爆笑した。
『確かにそうだねえ。じゃあ,あの二人がお前を好きでいてゼロスがお前のために魔族を追放されてもいいと言い出したらどうするね?』
「怒る。あたしのために魔族から追放されたらゼロスは永久に魔族に追い回されることになるから。」
『ふむ・・・・。分かった。リナ=インバース。お前の望みは何だい?』
「あたしの望み・・・?」
『そう。お前が望むことは?ひねくれ者のお前が素直になれたご褒美だよ。何でも好きなことを望むがいい。』
「・・・・・何でも?」
『ああ。一生を安穏な日々の中で過ごすことを望むかい?平和な日々の中で?それとも。・・・お前の中にいるシャブラニグドゥを復活させて世界が混沌と化するのを見守るかい?お前に過酷な運命を背負わせた世界を恨んで?』
リナはその言葉を平然と受け止めていた。
「やっぱりあたしの中にはシャブラニグドゥがいるのね。」
『おや。気付いていたようだね。人並み外れたお前の大きなキャパシティとお前のその眼が何よりの証拠。紅の宝玉ルビーのような紅い眼がね。まあ,そんなことはどうでもいいことさ。もう一度聞くよ,リナ=インバース。お前の望みは何だい?』
「・・・・望みがかなった時の代償は?」
金色の魔王は虚を突かれたように押し黙った。
『カンの良い子だねえ。勿論タダと言う訳にはいかない。代償は・・・お前の中にあたしを召喚することだよ。』
「!・・・・・・何をする気?」
『なに,ただ話してみたくなっただけだよ。お前がそこまで惚れた男達をね。
お前の望みをかなえてやる代わりにあたしを呼び出す。ただしあたしは男たちと話がしてみたかっただけなんでね。世界を無に帰さないと約束しよう。悪い話じゃないだろう?』
リナは戸惑った。確かに悪い話ではない。だが疑問は残る。ガウリイ達と何を話す気なのか。
魔王をこの身に呼び出して,果たして彼女は生きていられるのか。
一瞬の逡巡の後リナは頷いた。
「・・・・分かった。貴方を呼び出せばいいのね。その代わり何もしないと言った事は守ってよ。」
『もちろんだよ。それで?お前は何を望む?』
「あたしが望むことは一つよ。あたしの望みは・・・・・。」


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